第70話 愛する人からの愛情
「蒼太様を愛しております。私を蒼太様の彼女にして頂けませんか?」
結愛ちゃんは絞り出すような細い声でそう言った。
俺はどう答えたら良いのか分からず、黙り込む。
鳥のさえずりと、水の音だけが辺りに響く。
いつまで経っても答えない俺を見かねたのか、俺から少し離れて俺の右手を両手で包み込む。
「蒼太様は西園寺家の特徴を知っていますか?」
「ううん」
首を横に小さく振りながらそう答える。
「私達、西園寺は『愛情』が強いんですわ。それは異性だけではなく友達や家族に対しても……」
愛情か……、何となく分かる気がする。
すぐに抱き着いてくるしな。
「そ、そうなんだ。でも竜也からはそんな風に感じなかったけど……」
「お兄様も例外ではありませんわ。この回をセッティングしたのもお兄様です。お母様に呼ばれているなんて嘘。今頃お兄様は自分の部屋で本を読んでいるだけだと思いますわ」
「えっ!?」
家に遊びに来て欲しいという事自体が嘘だったのか?
という事は竜也の本当の目的は……。
「お兄様は私と蒼太様が仲良くなれるようにこのような機会を作ってくれましたわ。お兄様が嫌がる事を何十年をし続けてきた私の為に……」
竜也が女性嫌いになったのは結愛ちゃんのせいだ。
それなのに竜也は結愛ちゃんを恨むことはせず、妹の為に俺に頭を下げた。
普通なら結愛ちゃんの事を嫌い、顔も見たくなくなるはずだ。
「お兄様は信用した人に対してはとにかく優しいんですわ。私がもうお兄様に抱き着かないと言った時、お兄様は私に『ありがとう』って言ったんです……。お兄様は私の苦しみを理解してくれて、自分も苦しんでいるのに私の為に抱き着かせてくれたんですわ」
竜也は結愛ちゃんのスキンシップが苦しかっただけで、結愛ちゃんを嫌いだったわけじゃないという事だろう。
そうでないと『ありがとう』なんて言葉は出てこない。
「結愛ちゃんの苦しみ?」
「はい。私は家族の中でも圧倒的にスキンシップが必要だったんです。昔は一日中ずっと誰かに抱き着いてないと寂しくてすぐ泣いていましたわ。でもお母様から男性に抱き着くのは良くないと言われてしまい、私が抱き着く男性はお兄様だけでした」
まあ女性嫌いな男性が多いからな。
いくら権力を持っている四大財閥とはいえ、四六時中男性に抱き着いていたら刑務所行きだろう。
「私自身もそんな自分が大嫌いでした。お兄様や周りの人達に迷惑をかけているのは子供の頃から分かっていましたわ。でも自分では止められない、少しでも我慢したら寂しくて体が動かなくなってしまうんですわ」
茜や莉乃と一緒だ。
四大財閥特有の暴走で、自分自身を制御できない。
二人ともそんな自分が嫌いだと言っていた。
「でも私は家族よりも『愛情』が必要だから、私が生きていくには仕方がない……そう思っていましたわ」
「思っていた?」
「はい。先日、お兄様以外の男性に初めてぎゅーしましたわ」
「それって……」
竜也以外の男性……それは一人しかいない。
「蒼太様ですわ。私あれから誰ともぎゅーしてないんですよ?」
結愛ちゃんは頬を染めて、恥ずかしそうに笑った。
「で、でもあの時は少ししか――」
「あの短い時間で私の心が満たされたんです!寂しいと思っても蒼太様の事を思い浮かべるだけで心が少し満たされましたわ。こんな事は初めてでしたわ」
結愛ちゃんはゆっくり俺に抱き着いて、俺の顔を見上げる。
「あの時、気付きましたわ。私が欲しかったのは『愛情』ではなく、『愛する人からの愛情』だったんです。私は今までお兄様や友達にぎゅーしていたのは満たされた気分になっていただけで、本当の意味では満たされてはいなかった」
結愛ちゃんの目が徐々に黒く、染まっていく。
その目を見ていると何故か体がブルリと震え、闇に吸い込まれるような感覚になる。
「今まではアイドルの仕事や家族、友達が私の全てでしたわ。でも今は、蒼太様を手に入れられるならその全てを捨ててもいい……そう思っていますわ」
つまり私は諦めない、そう言いたいのだろう。
結愛ちゃんはさらに俺を強く抱きしめた。
「どうしても蒼太様と離れたくありません!」
「で、でも家族以外で抱き着いた男性は俺だけなんだろ?だったら別の男性でも――」
「あり得ません」
「え?」
「私あれから蒼太様以外の男性に興味が無くなってしまいましたわ。お兄様と蒼太様以外の男性なんて顔がない人形と同じですわ。そんなのとぎゅーしても満たされません」
表現は少し怖いが、結愛ちゃんには本当にそう見えているのだろう。
「蒼太様がいれば、私は普通の女の子になれるんです。蒼太様と出会ってから体の調子も良く、毎日が楽しいんですわ。彼女ではないので少し寂しいと思う日もありますけど……」
正直、結愛ちゃんの事を良いなと思ってる。
俺はどうすればいいんだろう……。
何故かその時、悲しそうな顔をしている茜を思い出してしまう。
『葵が言うには神楽坂が執着した男に彼女が増えるのは相当苦痛になるみたいです』
岬姉ちゃんの言葉が何度も頭の中に鳴り響く。
今の彼女達を満足させれていないのに、自分だけの判断で彼女を増やすのは違う。
「愛しております。蒼太様の彼女になりたいですわ……」
俺は大きく深呼吸し、口を開く。
「ごめん、結愛ちゃんを彼女にはできない」
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