第69話 愛しております

 俺は結愛ちゃんに手を引っ張られ、庭に連れていかれる。

 そこには沢山の色鮮やかな花が咲いており、真ん中には白いテーブルと椅子が二脚置かれていた。

 鳥のさえずりや噴水の水の音が聞こえ、日々の疲れを洗い流されるような心地良さを感じる。


「さあ、蒼太様。こちらへどうぞ!」


 結愛ちゃんが笑顔で椅子を引いてくれる。


「ありがとう。でも女性より先に座るわけにはいかないよ」


 俺は反対側の椅子に近づき、椅子を引いて結愛ちゃんに座るよう促す。

 確かにこの世界では男性が先に座る方が多い。

 だが、女性が思い描く理想の男性はエスコートが上手な男性だ。


「ふふっ、蒼太様は不思議な方ですわね。普通、男性が先に座るのですよ?」


 結愛ちゃんは笑いながら、こちらにゆっくり歩いて来て、椅子に腰かける。


「そう?嫌だったかな?」


 俺はそう言いながら、結愛ちゃんの反対側の椅子に座る。


「いえ、とても嬉しかったですわ。蒼太様の事、もっと好きになってしまいました」


「へっ?」


 いきなり好きと言われて、思わず変な声が出てしまう。


「ふふっ」


 そんな様子を見て、結愛ちゃんが面白そうに笑う。


「お待たせ致しました」


 すると寺田さんが横から声を掛けてきた。

 寺田さんは慣れた手付きで、ティーカップをテーブルに置いた。


「蒼太様、紅茶はお好きですか?」


「は、はい……」


「それは良かった。イギリス最高級の紅茶を用意致しましたので、ご堪能下さい」


 寺田さんは俺と結愛ちゃんの前にあるカップに紅茶を注いだ。

 真っ白な湯気とともに紅茶の甘い香りが鼻の奥を刺激する。


「このお菓子は紅茶によく合いますので、良かったら一緒にどうぞ」


 寺田さんはそう言いながら、チョコレートやクッキーなどの様々なお菓子が乗せられた3段のプレートスタンドをテーブルに置いた。


「ではお坊ちゃまがお戻りになられるまで、少々お待ち下さい」


 寺田さんは深々と頭を下げ、その場を離れる。

 結愛ちゃんは紅茶の入ったカップを持ち上げ、目を閉じた。


「良い香りですわ。私、この紅茶が大好きなんです」


 結愛ちゃんはそう言って、紅茶を一口飲む。

 庭の雰囲気を相まって、結愛ちゃんは外国のお嬢様みたいだった。


 それに続いて俺もカップを持ち上げ、紅茶を飲む。

 甘い香りとは対照的に、コクと濃厚さを感じる渋みが口の中に広がる。


「この紅茶、すごく美味しいね」


「気に入っていただけて嬉しいです!」


 結愛ちゃんはチョコレートを一つ手に取り、口に入れて美味しそうに噛みしめながらゆっくりと飲み込んだ。


「結愛ちゃんはアイドルやってるんだよね?」


「はい!3年前くらいから始めました」


「竜也から聞いたよ。結構人気なんだよね?」


「ファンの皆様が支えて下さってるおかげですわ!」


 その後も目をキラキラさせながら、ダンスや歌の事を話してくれた。

 きっとアイドルという仕事が大好きなのだろう。


「でも休日がほとんどなくて……少し疲れる時もありますわ」


 結愛ちゃんはそう言いながら、大きなため息を吐いた。


「私、テレビゲームというのをやってみたいのですわ!でも中々時間がなくて……」


「そうなんだ!ゲームは俺も好きだよ」


「そうなのですか!?もしよろしければ今度一緒にゲームやって頂けませんか?何から始めて良いのかわからなくて……」


「全然いいよ」


 すると結愛ちゃんはスマホを取り出し、胸の前で抱えて上目遣いで俺を見る。


「じゃ、じゃあ連絡先教えて欲しいですわ……」


「うん。いいよ」


「本当ですか?嬉しいですわ」


 結愛ちゃんは頬をほんのり赤く染めながら、恥ずかしそうに微笑む。

 そんな姿はまるで一枚の絵のように美しく、上品だった。

 心臓がドクンと強く鼓動し、ドキドキしながら連絡先を交換する。


 その後もお互いの事をしばらく話した。

 正直、今まで出会った女性の中で結愛ちゃんが一番お嬢様っぽかったので話が合わないと思いきや、以外に話しやすかった。


 普段は落ち着いた雰囲気なのに好きな事、特にアイドル活動の話をするときは無邪気な子供の様に話をしてくれる。

 その無邪気な部分を見て、結愛ちゃんは大人っぽく見えても年下なんだな~と思った。


「お兄様もまだ時間がかかりそうですので、良かったら食後に散歩でもどうですか?」


「うん、ちょっと歩こうか」


 俺達は立ち上がって、まるで公園のような広い庭を横並びで歩く。

 結愛ちゃんの長い金髪が揺れるたびに花のようないい香りが漂ってくる。


「茜様や莉乃様はお元気ですか?」


「うん、元気だよ。でも……」


「でも?」


 茜は少し元気がない……とは言えなかった。

 せっかくここまでおもてなしをしてもらって、この雰囲気を壊したくなかったからだ。


「いや、なんでもないよ。結愛ちゃんは二人と面識はあったんだよね?」


「はい!二人とも大切な幼馴染兼お友達ですわ!」


「四大財閥は子供の頃から交流があるみたいだね」


「はい!茜様や莉乃様、それに葵様とも子供の頃はよく遊んでましたわ」


「葵も?」


「はい!葵様はお友達というよりは近所のお姉様って感じですかね?それでも昔はよくぎゅーさせて頂いてましたわ」


 みんなにハグしてるんだな……。

 さっき俺にもしてきたし。


「蒼太様も葵様の事知っているのですか?」


「うん。彼女だからね」


「えっ!?あ、葵様もですか?」


 結愛ちゃんは大きく目を見開いて、そう言った。


「茜や莉乃とも付き合ってるだろ?そのせいで最近は『四大財閥キラー』なんて不名誉なあだ名を――」


「ずるいですわ……私だけ仲間外れみたいで苦しい……」


 結愛ちゃんは目を黒く染めながら小さい声でそう呟いた。


「結愛ちゃん何か言っ――」


 すると結愛ちゃんは俺に抱き着き、顔を俺に胸にうずめてくる。


「蒼太様を愛しております。私を蒼太様の彼女にして頂けませんか?」

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