第64話 神楽坂の宿命 side神楽坂茜

いつもの空き教室に蒼太君の彼女達が集まっている。

私の隣に莉乃ちゃんが座り、長机を挟んで反対側には岬さんと会長が座っている。


「結局、葵さんも蒼太君の彼女になったって事?」


莉乃ちゃんがおかずを箸で摘みながら、そう言った。


「ああ、おかげさまでね。これから同じ男性を支える仲間としてよろしく頼む」


会長は笑顔で、私達に頭を下げる。


「そっか、会長も蒼太君の彼女になったんだね……」


私は思わず、小さい声で呟いてしまう。


「茜……」


莉乃ちゃんは心配そうな顔で私の肩に手を置く。


「何かあったらすぐに言いなさい。みんな力になってくれるわよ?」


「心配させちゃってごめんね。まだ大丈夫だから……」


莉乃ちゃんは一瞬、怪訝な顔をすると私の方から手を離した。


「神楽坂家の人間にとっては彼女が一人増えるのは苦痛だと思う。本当にすまない」


会長が私に向かって、頭を下げる。


「い、いえ!謝らないで下さい!私には蒼太君を縛り付ける権利なんてありませんから……」


正直、今でも蒼太君を私だけの彼氏にしたいと思っている。

でも蒼太君と同じくらい岬さんや莉乃ちゃん、それに会長も大事だ。

私が我慢することで、みんなが幸せになれるなら私は……。


「昨日、家で蒼太君から直接聞きましたが、蒼太君は葵の気持ち悪い部分を受け入れたみたいですね」


気持ち悪い部分というのは会長の性癖のことだろう。


「ああ!やはり蒼太様は素晴らしいお方だ!蒼太様の為なら惜しまず天羽の力を使う、何かあったら遠慮なく声を掛けてくれ」


「それは助かりますね」


岬さんと会長はお互いの顔を見て、頷く。


「これで四大財閥の内、三家が同じ男性の彼女になってしまったわね」


莉乃ちゃんは足を組んで、あごに手を当てる。


「確かに。これは前代未聞だな」


「うん……。お母さんも戸惑ってたよ」


家に帰ってお母さんに会長も蒼太君の彼女になったことを伝えると、お母さんは驚きのあまり固まっていた。


「これは本当に四大財閥が統一されるかもしれんぞ……」


「まだ西園寺家が残っているわ。まあこのまま私達全員が蒼太と結婚したら神楽坂と如月と天羽に潰されると思うけど」


四大財閥の人間達は欲に忠実だ。

西園寺家が潰され、そのビジネスを乗っ取る事ができれば莫大な利益が上がる。

もし3対1になったら、四大財閥のバランスが崩れて一瞬で西園寺家は潰されてしまうだろう。


「ですが西園寺家の長男と蒼太君は友達です。西園寺家が潰れるのは蒼太君にとって不本意でしょう」


「いや、岬。私の勘だが……西園寺結愛も蒼太を好きになる」


会長は岬さんを真っ直ぐ見ながら、そう言った。


「葵、何を根拠にそんな――」


「会長の言う通りです」


私は岬さんの言葉に食い気味でそう言った。

すると全員が私の方を一斉に見た。


「実はこの前、私達の教室に結愛ちゃんが、西園寺君に会いに来たんです。そしたら……結愛ちゃんが蒼太君に抱き着いていました」


「「「っ!!」」」


私の言葉を聞いた全員が大きく目を開いた。


「その後結愛ちゃんから話を聞いたら、蒼太君のことは諦めるって言ってたんですけど何かもやもやしてて……」


「私も少し引っかかるな。愛情が深い西園寺家が蒼太を諦めるはずがない」


会長は私に同意するように、あごに手を当てながら深く頷く。


「でも結愛は諦めるって言ったんでしょう?結愛は嘘を付くような子じゃないわ」


莉乃ちゃんは腕を組み、大きな胸を腕に乗せながら鼻を鳴らす。


「私は西園寺結愛に会った事ないのですが、どういう子なのですか?」


私達四大財閥はそれぞれ関わりがある程度あるが、岬さんは四大財閥ではないので知らないのも無理はない。


「西園寺家は『愛情』が人より何倍も深い。その影響なのか子供の頃から私達によく抱き着いていたな」


会長は苦笑いしながら、そう言った。


「それに今は『愛』っていう名前でアイドルやってるんです。多分日本のアイドルの中では一番人気があるんじゃないですかね?」


「そうなのですか?すいません、あまり詳しくなくて……」


岬さんは眉を下げながら、軽く頭を下げる。


「でもすぐに抱き着いてくるのは変わってませんでしたよ」


「芸能人になってからも変わってないみたいだな……。そういえば西園寺家の中でも結愛が一番がスキンシップ激しかったな」


「私は結愛と蒼太が付き合っても構わないわ。もし結愛が執着し始めてるなら、どんな手を使っても彼女になろうとするはずよ。下手な事して関係が壊れるくらいならみんなで仲良く蒼太の彼女になった方がいいわ」


莉乃ちゃんの言葉を聞いた会長と岬さんが頷く。


「……」


私は素直に頷けなかった。

このままでは確実に暴走して、みんなに迷惑をかけてしまう。

でもここで拒否して小さい女だと思われたくないし、そんな女は蒼太君に相応しくないと思う。

私はどうすればいいのだろう?


「茜……、もしかして我慢していませんか?」


岬さんが気を遣って私に声を掛けてくれる。

きっと苦しいという気持ちが顔に出ていたのだろう。


「自分が執着した相手が複数の女性に囲まれる。神楽坂にとっては精神的にかなりの苦痛になっているはずだ」


会長の言う通りだ。

独占したいのに、独占したくない。

苦しいよ、誰か助けて……。


「そんな事ないですよ……。もう少し……、もう少しだけ頑張ってみます」


自分の気持ちに嘘を付き、そんな当たり障りのない事しか言えなかった。

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