第63話 彼氏兼ご主人様 side天羽葵

私は蒼太様の隣に座り、蒼太様から目を逸らす。

お互いに黙ったままで、部屋の中に沈黙が流れる。


「葵さんの事、教えて欲しいな」


「な、何をだい?」


「まあさっきの事とか……」


さっきの事、私の性癖の事だろう。

私の心臓が激しく鼓動する。


その場で俯き、膝の上に乗せた手を強く握りしめる。


「引いただろう?」


「……」


私は自分の恐怖心を悟られたくないと思い、苦笑いしながらそう言った。


「私は承認欲求が人より何倍も強くてね。普段はかっこよくて何でもできる、完璧な生徒会長を演じているが、本当の私は誰よりもド変態な雌だったんだ」


女の子達からは理想の男性、私が男だったら良かったのにとよく言われる。

だが、本当は女性を褒めるより男性に認められたい、そして罵られたい。


「自分でも歪んでいると思うよ。天羽家の人間は罵られたり、恥をかくのが大嫌いなんだ。だからみんなから尊敬させる優秀な人間を目指している。でも私は違う」


男性はどれだけ性格が悪くても生きているだけで尊敬され、チヤホヤさせる。

だから天羽家の人間は内面や考え方が男性のようになる傾向がある。


「承認欲求を満たした上で、それを男性に壊してほしいんだ。私はそんな男性の雌犬になりたい」


蒼太様は不思議そうに私を見る。


「でも酷いことを言ってくれる男性はいっぱいいると思うよ?」


「それだけではダメなんだ!私の事を尊敬して、普段は優しくしてくれた上でお仕置きが欲しいんだ!蒼太様以外の男からの尊敬は得られない」


自分でも矛盾していると思う。

マゾな自分と、天羽家としての自分が絶妙に絡み合って、私の人格は形成されている。どっちも満たされないと満足しない。


「初めて蒼太様と会った時、蒼太様から尊敬のような眼差しを感じた。あの時はとても嬉しかった、学校の女の子達にチヤホヤさせるより何倍も……」


そう言いながら、自分の体を抱きしめる。


「そして私に首輪を付けてくれた。運命だと思った、自分を正当化するわけではないが魅力的な男性と出会って暴走しないわけがない」


私は蒼太様の目を真っ直ぐ見つめる。


「私は蒼太様を愛している。岬の前ではペットになりたいと言ったが、今日デートしてみて、蒼太様に天羽を継いでほしいという欲が出てきてしまったよ。まさか性癖よりも天羽の血が勝つとは思わなかった」


ペットではなく、蒼太様の嫁になりたい。

蒼太様に信頼されて、サポートできる女になりたい。


「ふふっ、少し喋りすぎてしまったようだ。いかんな、好きな人の前だとついつい饒舌になってしまう」


私が服を着ようと思い、立ち上がろうとする。


「葵さん」


蒼太様が私の手を握り、それを制止する。


「葵さんはかっこいいし、今日のデートも完璧だと思いました。でも俺はさっきの葵さんの姿を見て、少しがっかりしました」


それを聞いた瞬間、心臓を強く握られたような感覚になった。


「でも同時に葵さんも一人の女性なんだなと思いました」


「えっ?」


すると蒼太様は私の顔の輪郭にそっと手を当てる。


「葵さんは確かに理想の男性に見えます。でもこうやって俺といる時は可愛らしい女性の顔をしますよ?」


顔が熱くなり、蒼太様から目を離せなくなる。


「まあ、ギャップ?っていうんですかね。そういう所も含めて葵さんの良さだと思います」


「気持ち悪くない?」


「驚きはしましたけど、気持ち悪いとは思ってませんよ。それに葵さんみたいな美人に愛してるって言われるのはすごく嬉しいです」


「蒼太様!」


私は蒼太様に勢いよく抱き着く。

その拍子に体に巻いていた白いバスタオルがひらりと床に落ちた。

蒼太様は私の頭を優しく撫でてくれた。


「俺も葵さんの事、好きなんだと思います。葵さんに抱き着かれるとドキドキしますから」


「嬉しい……」


私は蒼太様を強く抱きしめる。

体を少し離して、蒼太様の顔を見てキスをする。


「葵さん……」


「ふふっ、もう呼び捨てで呼んでほしい。あと敬語もなしだ」


「わかりまし……わかった。じゃあ俺も『蒼太』って呼んでほしいな。みんなの前で『蒼太様』なんて呼ばれるとちょっと気まずいよ」


「むぅ、じゃあご主人様になって欲しい時は蒼太様って呼んでいいかい?」


「ま、まあそれなら……」


「そうか。これからよろしく、蒼太!」


私は笑顔でそう言って、もう一度キスをする。


「でも岬姉ちゃんに怒られそうですけどね……。また彼女増やしたのかって」


「ふふっ、それなら安心してくれ。それに関して事前に話し合って許可はもらっているんだ」


「えっ?また仲間外れにされてたの?その話し合いに俺は参加できないのか……」


私は立ち上がって、蒼太に手を差し出す。


「さて、外も暗くなってきたし家まで送るよ」


蒼太は私の手を握って立ち上がる。


「ありがとう」


「ふふっ、彼女として当たり前の事だよ」


私はそう言って蒼太の腕に抱き付く。

すると蒼太は不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。


「どうかしたかい?」


「いや、葵って意外と甘えん坊なんだな~って思って……」


「私だって女なんだから、甘えるに決まっている。それとも男みたいな私に甘えられるのは嫌かい?」


「嫌なわけないだろ?可愛いと思うよ」


「なっ!」


心臓がドクンと強く鼓動し、顔が熱くなる。


「あはは、照れてる」


「むぅ、ご主人様の意地悪」


私は蒼太の腕に抱き付いたまま出口に向かった。

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