第61話 天羽葵として
「ごちそうさまでした!」
俺は手を合わせて、笑顔でそう言った。
「葵さん、今日はこんな良いお店に連れてきてくれてありがとうございました!」
やっぱり葵さんは凄い頼りになるし、エスコートも上手い。
俺も葵さんのように気遣いができるようになりたいなと思った。
「ふふっ、それは良かった」
「でもしてもらってばかりだと悪いな……」
「いや、いいんだ。蒼太様は私のご主人様だからね」
「ご、ご主人様?」
いつの間に俺が葵さんのご主人様になったんだろう……。
すると一人のウエイトレスさんがやってきて、お茶を注いでくれた。
「そ、そういえば前々から俺の事『蒼太様』と呼んでるけど、葵さんは俺より年上なのにどうしてそんな呼び方してるんですか?普通に呼び捨てしてもいいんですよ?」
すると葵さんは一瞬だけ口角が上がり、俺を真っ直ぐ見る。
「……。まずは蒼太様に謝らないといけない事があるんだ」
「謝まる?」
「ああ、私が暴走して蒼太様に媚薬を飲ませた件だ。今考えてみるとあの時の私は運命のご主人様に出会えたと思って周りが見えていなかった。あの時はすまなかった」
葵さんはそう言って頭を深々と下げる。
「た、確かにあの時は少し驚きましたけど、今日一緒に食事出来て楽しかったので大丈夫です!」
まあ四大財閥の暴走に関しては慣れてるし、俺にも原因はあるからな。
「そうか……やはり蒼太様は私の理想のご主人様だ!」
葵さんは頬をほんのり赤くさせながら、嬉しそうに笑った。
「それはそうとご主人様ってどういう――熱っ!」
するとウエイトレスさんが手を滑らせて、俺の足にお茶が掛かった。
「も、申し訳ございません!お客様!すぐに拭く物を用意します!」
ウエイトレスがそう言って、厨房の方から白いタオルを持ってくる。
「大丈夫か!?」
葵さんは急いで立ち上がり、ウエイトレスさんが持ってきた白いタオルで俺の足を拭いてくれた。
「気にしないで下さい。葵さんも自分で拭きますから大丈夫ですよ」
そう言って葵さんからタオルを受け取って、自分の足を拭く。
「私のせいだ……」
葵さんは涙目でそう呟く。
「えっ?」
「実はこの店、天羽財閥の系列店なんだ……。だから部下の失敗は私のせいでもある」
葵さんは拳を強く握りしめ、体を震わせる。
「いやいや、大した失敗じゃないですよ!それに俺は何とも思ってないですから気にしないで下さい!」
俺は葵さんの肩を掴んで、そう言った。
「いえ、それではいけません」
「うわっ!」
いつの間にか後ろには使用人の坂木さんが立っていた。
「西井様、このビルの下の階にはホテルがあります。一部屋空いておりますので、お風呂でもいかがでしょう?その間に西井様の服を乾かしておきます」
「い、いやそこまでしてもらわなくても……」
「……」
坂木さんの鋭い目付きからは、俺を絶対このまま返さないという圧を感じた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
「そうですか!では別の者にご案内させます」
坂木さんは手を二回叩くと、別の女性が俺の元にやってきて部屋に行くよう促す。
「お嬢様は準備がありますので、後から部屋に伺います」
準備?何の?
坂木さんの発言が気になったが、ここは流れに身を任せようと思い、案内に従って部屋に向かった。
◇
「お嬢様、分かっていますね?」
「ま、まさか……あれはお前の仕業か?」
「いえ、偶然です」
「天羽系列の店の店員があんな初歩的な失敗するはずがないだろ!」
「そうですか?彼女も人間ですから、失敗する時だってあると思いますよ」
「坂木!蒼太様が火傷していたらどうするつもりだ!?やっていい事と悪い事があるぞ!!」
「そうでしたね。申し訳ございませんでした、しかし下の者の失敗は上の者がお詫びしないといけませんね」
「……それが狙いか」
「天羽家の人間は四大財閥の中でも特に手段を選ばない。お嬢様もそれは分かっているはずです」
「……」
「他の女に何を吹き込まれたかは知りませんが、今日一日西井様を見て、早くお嬢様との関係を進めるべきだと判断しました」
「これは坂木の独断か?」
「いえ、旦那様と奥様から『全て坂木の判断に任せる』と言われておりました」
「ちっ、勝手なことを……」
「ここだけの話、天羽家で一番優秀なのはお嬢様です。あのお二人もお嬢様には早く結婚して後を継いで欲しいと思っていると思います」
「私は岬や茜、莉乃と話し合ってゆっくり蒼太様と関係を進めていきたいと思っていたんだ!」
「あなたは『天羽葵』です。お嬢様の行動には天羽に関わる全ての人間の生活が懸かっています。あなた一人の人生ではないのです」
「っ!それは分かっている!だが……」
「見た感じ西井様はお嬢様を少なからず好感を抱いてる様子でした」
「ほ、本当かっ!?」
「ええ、だったら早くお嬢様の『性癖』を受け入れて頂かなければいけません」
「なっ!知っていたのか……」
「私はお嬢様の使用人ですから」
「……」
「彼は天羽財閥を渡す資格がある男性と判断しました。神楽坂家と如月家も彼に好意を持っているなら尚更、のんびりしている時間はありません」
「分かっている!だが……岬に嫌われたくない」
「ああ、北条岬様のことですか。安心して下さい、今回はお嬢様の失態ではなく店員の失態ですから」
「しかし……」
「西井様はお嬢様に首輪を付けました。でしたらその責任を今から取って頂くとしましょう」
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