第60話 葵さんとデート

「た、頼む!早く私の尻を叩いてくれ!」


「で、でも……」


 葵さんは俺の目の前で、シミひとつない真っ白なお尻を惜しげもなく突き出している。

 葵さんの格好は下着姿で、何故か手が縄で縛られている。


「わ、私にお仕置きを下さい!!」


 俺は戸惑いながらも葵さんのお尻を叩く。


 ペチンッ


「だ、ダメだ!もっと本気で……」


 俺は少し力を入れて、お尻を叩く。


 パシンッ


「ひぃ!あ、あぁ……」


 葵さんは頬を赤く染めながら、だらしなく口を開けてそこから涎が垂れている。

 その涎が顎を伝って、糸を引きながら床に落ちる。


「ご、ごめんなさい!」


 俺は葵さんにそう言って、葵さんの顔を覗く。


「さ、最高だぁ……」


 葵さんは口を半開きにしながら、何故か口角が少し上がっている。


「最高?お尻を叩かれてこの表情……もしかしてこの人ってドM?」


 俺はだらしない顔をしている葵さんを見て、引いてしまう。

 立ち上がって、葵さんを見下ろすと葵さんは四つん這いのまま顔を上げ、俺の目を見る。


「うわぁ……、何かがっかりだな」


「あぁぁぁぁぁ!!イ……」


 俺がそう言うと、葵さんは体を痙攣させながら気絶した。


「お見事です。西井様」


 すると部屋に一人の使用人が手を叩きながら入ってきた。

 何故こんな状況になってしまったのだろうか?


 ◇


 今日は学校が休みで、最寄りの駅前に一人で立っている。

 すると黒塗りの高級車が俺の前に停車する。

 スーツを着た女性の運転手が車から降りてきて、俺に頭を下げる。


「初めまして、天羽家の使用人をしています。坂木と申します」


「初めまして、西井蒼太です」


「ご丁寧な挨拶ありがとうございます、ではどうぞ」


 坂木さんはそう言うと、後部座席のドアを開けてくれる。

 俺は車に乗ると、隣には葵さんが座っていた。


「やぁ、蒼太様。今日はいい天気だね」


「そうですね」


「今日は前に言った、美味しいハンバーグの店を紹介するよ。坂木、車を出してくれ」


「分かりました」


 すると車が音を立てて動き出し、前からシートに押されるような感覚になる。


「ありがとうございます!実は楽しみにしてました」


「ふふっ、そうか。今日行くのは会員制で一部の人間しか行けない店なんだ」


「えっ!?そうなんですか?何か緊張してきたな……」


 流石は四大財閥のお嬢様だ。

 俺みたいな庶民がそんなお店に行ってもいいのだろうか?


「安心してくれ。今日は私が蒼太様をエスコートするよ」


 俺の気持ちを察したのか、微笑みながら葵さんはそう言った。

 かっこいい……俺もこんな風に言えるようにならなきゃな。


「はい!」


 学校の女の子達が葵さんを好きになる理由が分かったかもしれない。


 葵さんと雑談しながらしばらく車に乗っていると、大きなビルの前に停車した。

 運転手の坂木さんは車から降りて、葵さんの方のドアを開ける。


「お嬢様、蒼太様。到着いたしました」


「ありがとう、坂木」


 葵さんが車から降りて、俺に手を差し出す。

 俺は葵さんの手を握り、車から降りる。


 するとビルの前に立っていた、女性が俺達のそばに来た。


「天羽葵様、西井蒼太様。今日はようこそお越し頂きました。ここからは私が案内いたします」


 女性はそう言って、頭を深く下げた。


「ああ、よろしく頼む」


「ではお嬢様、私はお店の前で待機していますので何かありましたらお呼びください」


 坂木さんが後ろから葵さんにそう言って頭を下げる。


「ああ。では蒼太様、行こうか」


 葵さんはそう言って俺の手を握り、歩き出す。


「は、はい」


 な、なんて動きがスムーズなんだ……。

 不覚にもドキッとしてしまった。


 俺達は女性に連れられて、エレベーターでビルの最上階まで上がる。

 エレベーターを出てすぐの所にお店があり、中に案内される。


「す、すごい景色ですね……」


 店の壁がガラス張りで、東京の街を一望できるようになっていた。

 席に着くと店員さんがメニューを持ってきて、テーブルの上に置いた。

 葵さんはメニューを開いて、俺の前に置く。


「ありがとうございます。でもこれだと葵さんがメニュー見れないですよね?」


 俺はそう言って、メニューを開店しようとする。


「私はもう決まってるから大丈夫だ。いつも同じ物を頼むからね」


「いつも?」


「ああ、いつもこのハンバーグを頼むんだ」


 葵さんはそう言って、メニューに書かれているシンプルなハンバーグを指差す。


「へぇ~、じゃあ僕も葵さんと同じやつにします!」


 そう言うと葵さんは手を挙げて、店員さんに合図をする。


「いつものを二つ頼む」


「かしこまりました」


 店員さんは頭を下げると、キッチンの方に歩いて行った。


「それにしても今日は僕達以外にお客さんがいませんね」


 俺は店内を見渡しながら、そう言う。

 店内にはテーブルや椅子がいくつもあったが、いるのは俺達だけだった。


「ああ、今日は貸切にしたからね」


「貸切!?」


 お昼時にこんな高そうなお店を貸切!?

 こんなお店を貸切にするなんていくらくらいかかるんだろう……。


「ここに来るような客はマナーや礼儀作法にうるさいんだ。それだと蒼太様が落ち着いて食事できないだろう?それにこう見えても私は顔が広くてね、折角のデート中に他の客に挨拶されたくなかったんだ」


 葵さんは笑いながらそう言った。


「そ、そうだったんですね……。気を使わせてすみません」


「気なんか使っていないよ。好きな人が楽しめるようにするのは当たり前のことだからね」


「か、かっこいい……」


 今日の俺は男として全然ダメな気がする……。

 やっぱりアプリの知識がないとデート上手くいかないのかな……。


 アプリを頼りたいという気持ちとアプリに頼らず女の子と向き合おうという気持ちが頭の中でせめぎ合う。


「お待たせ致しました」


 すると店員さんが鉄板に乗った大きなハンバーグを二つ持ってきた。


「すごく美味しそうですね!」


「ふふっ、そうだろう?じゃあ早速頂こうか」

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