第57話 女の勘
「結愛ちゃん……。蒼太君の恋人は私なの」
それを聞いた結愛ちゃんは目を大きく開いて、茜を見る。
「そ、そんな……茜様が蒼太様の……」
結愛ちゃんはその場で俯くと長い髪がだらりと垂れる。
四大財閥の人間が同じ男性を好きになるとはどういう事なのかは結愛ちゃんも分かっているはずだ。
「それに蒼太君はしばらくこれ以上恋人を増やす気はないみたいだよ」
「あ、茜……」
「……」
結愛ちゃんは俯いたまま微動だにしない。
しばらくすると結愛ちゃんは顔を上げて、口角を上げる。
「分かりましたわ!」
「えっ?」
結愛ちゃんはそう言うと茜に近づいて、茜の手を優しく包み込むように握る。
「茜様は素晴らしい男性とお付き合いできたのですね。幼馴染としてとても喜ばしい事ですわ!」
想像していた反応と違ったのか、茜は目をぱちぱちとさせている。
「残念ですが、蒼太様は諦めますわ……。皆様、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
結愛ちゃんは俺達に向かって綺麗な所作で頭を下げる。
「それではごきげんよう」
それだけ言うと、結愛ちゃんは教室から出て行った。
茜は結愛ちゃんがいなくなった後もしばらく固まっていた。
「あ、茜……」
「大丈夫だよ、ちょっと頭が混乱してるだけだから。それよりも……」
茜が俺の方を見て、頬を膨らませる。
「なんで蒼太君は結愛ちゃんとハグしてたの?」
「そ、それは……」
俺は何も言い訳できずに後ずさりする。
「もう!蒼太君は色んな女の子に手を出し過ぎ!しかも何で寄りによって結愛ちゃんなの?四大財閥の人達と関わるのは禁止!」
茜は人差し指を俺の目の前で立てながら、注意してくる。
「いや関わるの禁止って言っても、茜だって四大財閥の人間じゃ……」
「私と莉乃ちゃん以外はダメって意味!お願いだからこれ以上不安にさせないでよ……」
茜はそう言って俺の胸に頭を預ける。
「ご、ごめん!本当にそんなつもりないし、俺は岬姉ちゃんと莉乃と茜がいればそれでいいと思ってるから」
俺はそう言って茜の頭を優しく撫でる。
「信じられない」
「本当だって!」
「……」
すると机の下に隠れていた竜也が立ち上がって、俺達を見る。
「か、神楽坂。すまん、結愛が蒼太に抱き着いたのは俺のせいなんだ」
茜は一旦俺から離れて、竜也を睨み付ける。
「は?」
「ひっ!」
竜也が顔を真っ青にして、小さな悲鳴を上げる。
「お、俺が結愛にこれ以上抱き着かれるのが耐え切れなくて、つい蒼太に代わりを頼んでしまったんだ……。完全に俺が悪いんだ、責めるなら俺を責めてくれ」
竜也は女性に対する恐怖心が強いタイプの男性だ。
こうやって茜に睨まれているのもかなりのストレスが掛かっているはずだ。
その証拠に足がガタガタと震えている。
「だ、だから――」
「はぁ……西園寺君。そんな怯えなくても大丈夫だよ、もう忘れる事にしたから」
「え?」
「私も睨んじゃってごめんなさい。蒼太君はモテるからこういうのにも慣れていかないとな~……」
茜はぎこちない笑顔を浮かべながら、俺を見る。
「俺もごめん……」
「いいのいいの!でも今回の事は岬さんと莉乃ちゃんにも報告するからね」
それを聞いた俺は心臓がドクンッと跳ねる。
莉乃はともかく岬姉ちゃんに報告されたら間違いなく怒られる。
「でもさっきの事は忘れるって……」
「それとこれとは別!」
「そ、そうですか」
これは諦めるしかなさそうだ。
覚悟を決めよう。
「でも久しぶりに会ったけど結愛ちゃん可愛くなってたね~。それにオーラみたいなのが出てた!やっぱりアイドルは違うな~」
「アイドル?」
「蒼太知らなかったのか?結愛はアイドルやってるんだよ。ほら」
竜也がスマホの画面を俺に向けて、結愛ちゃんがステージの上で踊ってる動画を見せてくる。
「あっ!これ前にニュースで見たことあるな。たしか『愛』って名前のアイドルだろ?」
「アメリカに留学したって言うのも後付けで、本当はアイドルの仕事でアメリカに行ってただけなんだよ」
「海外でも人気あるんだな」
「ああ、俺としては一生アメリカに居て欲しかったんだが……」
「そんなこと言うとまた結愛ちゃんに抱き着かれるよ?」
茜がニヤリと笑いながら竜也に言う。
「ひぃぃぃ!!」
竜也が悲鳴を上げながら、両手で頭を抑え始めた。
「あ、茜!」
「ごめんごめん!ちょっと仕返ししたくなっちゃって……」
「竜也、大丈夫か?」
俺は竜也に近づき、背中をさする。
「あ、ああ……家に帰りたくない」
「でも、西園寺君はもう大丈夫だと思うよ!」
茜は笑顔でそう言った。
「「えっ?」」
茜の言葉を聞いた竜也と俺は同時に茜の顔を見る。
「大丈夫なわけがない!!帰ったらまたあの地獄が始まるんだ……」
竜也がそう言っても、茜は顔色一つ変えず笑顔のままだ。
「始まらないよ」
「な、何を根拠に……」
「女の勘かな?でも多分、西園寺君は抱き着かれないと思うよ」
俺と竜也はお互いに目を合わせて首を捻る。
キーンコーンカーンコーン
「あっ!そろそろ授業始まっちゃうね」
茜はそう言って自分の席に座り、それに続いて俺と竜也も席に座る。
しばらくすると教室に先生が入ってくる。
「授業始めますよ~、起立!」
先生の号令に従って礼をした後、もう一度席に座る。
「あれは絶対に蒼太君に執着してる……。結愛ちゃんは諦めるって言ってたけど四大財閥の人間がそう簡単に諦めるはずがない。急いで報告しないと」
隣に座っている茜が、小さな声で不穏なことを呟いていた。
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