第56話 四大財閥キラー

「では代わりに蒼太様がぎゅーして頂けますか?」


後ろには机に隠れている竜也がブルブルと体を震わせ、俺の目の前には可愛い女の子が笑顔で手を大きく広げている。


ん?どうしてこうなった?

俺はただ学校にいる時くらいは竜也が落ち着いて過ごせるように気を利かせただけのつもりだったんだが……。


「はい!ぎゅーですよ、蒼太様」


結愛ちゃんがゆっくり一歩ずつ、俺に近づいてくる。


「じ、実はこれ以上、四大財閥の女性と仲良くするのは恋人達に止められてて……」


「そうなのですか!?では蒼太様とのぎゅーはダメですわね……。お兄様!」


結愛ちゃんは肩をがっくりと落とし、竜也に声を掛ける。


「ひぃぃぃぃ!!」


結愛ちゃんに名前を呼ばれた竜也は悲鳴を上げ、机がさっきよりも激しく揺れる。


「じゃあいつも通りお兄様とぎゅー致しますわ」


俺と竜也の間に割り込もうとしてくる結愛ちゃんを止めて、声を掛ける。


「ゆ、結愛ちゃん!竜也はこんな感じで調子が悪いんだよ!頼むから今日のところは我慢してくれないか?」


俺がそう言うと、結愛ちゃんの表情が消えて目が黒くなる。

その目を見た俺は心臓が締め付けられるような感覚になる。


「蒼太様は知らないと思いますけど、結愛達のような四大財閥の人間はどうしても欲求が抑えられない時があるのですわ。ですから蒼太様かお兄様にぎゅーしてもらわない限り、結愛はここから一歩も動きません」


それは茜や莉乃を見てるので、それはよく知ってます。

やっぱり結愛ちゃんも四大財閥の人間なんだな……。

きっと俺か竜也がハグしないとマジで一歩も動かないだろう。


「結愛ちゃんがハグしないと、どうしても欲求が収抑えられないのは分かるよ。実は俺の恋人っていうのは――」


「ひぃぃぃぃ!!頼む、蒼太!ここは結愛とハグしてやってくれ!」


竜也が俺の言葉を遮って、そう言った。


「確かにお兄様はもうダメみたいですわ……では、蒼太様」


結愛ちゃんは笑顔で近づいてくる。


岬姉ちゃんとの約束を守りたい、でも竜也も大切な友達だ

少しハグするくらいで竜也を助けられるなら俺は……。


「分かったよ。少しだけだぞ」


俺は大きなため息を吐き、両手を軽く広げる。


「そ、蒼太!すまねえ、恩に着るぜ!」


「今回だけだぞ、竜也」


俺は横目で竜也に言う。

ごめん、みんな。竜也はこの学校に来て初めてで来た男友達なんだ……。


「結愛ちゃん、今回だけ特別だからな。俺の恋人達に悪いから三秒だけにしてくれよ」


俺は結愛ちゃんの前で三本の指を立てながらそう言った。


「お兄様以外の殿方とぎゅーするのは初めてですわ!」


「はいはい、何でもいいから早くしてくれ」


「それでは早速……えいっ!」


結愛ちゃんは俺に勢いよく抱き着く。

それを見たクラスメイト達は目を大きく開けて、こっちを見ていた。

教室の中の音が一切消え、沈黙が流れる。


女の子特有の甘い香りと、柔らかい感触に内心ドキドキしつつも冷静に数字を数える。

1、2、3。

俺は頭の中で三秒数えて結愛ちゃんに声を掛ける。


「ゆ、結愛ちゃん。三秒経ったぞ……」


しかし結愛ちゃんは俺に抱き着いたまま微動だにしない。


「ちょ、ちょっと結愛ちゃん!そろそろ離れてくれ!」


俺は結愛ちゃんの腕を引き剝がそうとするがビクともしない。


「な、何なんですの?この心の中がポカポカする感覚は……。心臓が激しく動いていて体が熱くなってきましたわ、でも不思議と心地よいですわ」


結愛ちゃんが早口でブツブツと呟き始める。


「お兄様と全然違いますわ。お兄様の10倍、いえ100倍満たされますわ……」


「結愛ちゃん!みんなが見てるし早く離れてくれ」


俺はそう言って結愛ちゃんの頭を軽く叩く。


「ほわぁぁぁぁ!!あ、頭撫でられましたわ!」


結愛ちゃんの体が小刻みに震えているのが、体から伝わってくる。


「はあ?いや撫でてないし、ちょっと触っただけ――」


「初めて撫でられましたわ!心が急激に満たされていきますわーー!!」


結愛ちゃんは大きな声でそう言うと、さらに俺を強く抱きしめる。


「す、すげえぞ!蒼太!結愛を一瞬で満足させちまうなんて……やっぱりお前は四大財閥キラーだぜ!」


竜也が机の下から出てきて、拳を握り締めながら俺に向かってそう叫んだ。


「誰が四大財閥キラーだよ!それより一瞬で満足ってどういう意味だ?」


「結愛を満足させるには、女よりも男の方が効率が良いみたいなんだ。ちなみに俺だと一日約五時間くらい抱き付かれていないとダメだったんだ……」


「うっ!そ、それは大変だったな」


一日五時間か……。

夏場はキツそうだな。

他人事のようにそんな事を考えていると結愛ちゃんが俺の顔を見上げてくる。


「これは絶対そうですわ……。間違いないですわ……」


「ゆ、結愛ちゃん?」


結愛ちゃんの顔をよく見ると、目をトロンとさせながら俺をじっと見つめていた。

頬や耳を赤くさせ、息が荒くなっている。


「好きです……」


「へっ!?」


結愛ちゃんが俺にだけ聞こえるような小さい呟きを聞いて、思わず声を上げてしまう。


「ゆ、結愛ちゃん?今何を言って――」


「蒼太君!!」


俺は横から名前を呼ばれたので、そっちを向くと教室のドアの前には茜が仁王立ちしていた。

よく見ると目の奥が真っ黒に染まっている。


「あ、茜…‥」


茜はゆっくり俺の元に歩いてくる。


「ふぅ……満足致しましたわ!ありがとうございます、蒼太様!これで午後の授業、いえ一週間頑張れますわ!」


結愛ちゃんは俺から離れて、満面の笑みを浮かべる。

よく見ると肌艶も良くなっているような気がする。


「結愛ちゃん?」


茜が結愛ちゃんを見て、首を傾げる。


「え?茜様!?」


結愛ちゃんはそう言うと今度は茜に飛び付く。


「な、なんでここに結愛ちゃんが?」


茜は困惑しながら俺を見る。

俺は両手を上にあげて、さぁ?と言った。


「茜様!やっとアメリカから帰って来れました!」


「そ、そうなんだ……それは良かったよ」


茜はぎこちない笑顔を浮かべながらそう答える。

きっと結愛ちゃんと久しぶりに会えた喜びと、知らないところで自分の彼氏が抱き着かれていた嫉妬心で複雑な気持ちなのだろう。


「ね、ねえ。どうして結愛ちゃんは蒼太君に抱き着いていたの?」


「茜様も蒼太様とお友達なのですか!?それは好都合です!」


結愛ちゃんは茜から離れると、その場で小さく跳ねる。


「結愛、蒼太様を好きになってしまいましたの!だから茜様には協力して欲しいですわ!」


「「「はっ!?」」」


竜也を含めたクラスにいた全員が大きく口を開けたまま動かなくなる。


「嫌だ!絶対協力なんてしない!」


茜は目を黒くしながら、大きな声で叫ぶ。


「あ、茜様?ど、どうしてそんなに怒っているんですの?」


結愛ちゃんが恐る恐る茜の顔を覗き込む。


「結愛ちゃん……。蒼太君の恋人は私なの」


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