第55話 私が西園寺家の長女ですわ

「茜、今日も空き教室で昼ご飯食べる?」


昼休みになったので、いつもみたいに茜に声を掛ける。

最近は、毎日みんなで空き教室に集まって昼ご飯を食べている。


「ごめんね、蒼太君。今日は予定があるの……」


茜が苦笑いしながら、そう言った。


「そっか……じゃあ莉乃と岬姉ちゃんを誘ってみるね」


「莉乃ちゃんも岬さんも今日のお昼は忙しいみたい」


「えっ?そうなの?」


「うん……。会長のこともあるし、今日は教室でご飯食べてて!」


「わ、分かったよ」


茜はそういうと俺に手を振りながら教室を出て行った。

毎日昼ご飯をみんなで食べていたから、少し寂しく感じる。


仕方がない、今日は竜也と昼ご飯食べようかな。

最近元気ないみたいで、あまり話せてなかったし丁度いいだろう。


「竜也~、一緒に昼ご飯食べようぜ」


前に座っていた竜也の肩を軽く叩きながら声を掛ける。


「ああ……いいぞ……」


減量中のボクサーのように瘦せこけた竜也がゆっくりと振り向いてそう言った。


「りゅ、竜也……。日に日に痩せていくな。最近ご飯食べてるのか?」


「いや、最近家にいる時は……四六時中妹に抱き着かれて……飯が喉を通らないんだ」


こいつ何日後かに死ぬだろ……。

竜也は鞄の中から取り出したのはお弁当ではなく、バナナ一本。


「ま、まさか昼ご飯はそれだけなのか?」


「ああ……どうせ食えないんだから持ってきても……意味ないだろ?」


竜也は無理やり作ったぎこちない笑顔を浮かべながら、バナナの皮をむき始めた。


「なあ、そろそろ親にも相談してどうにかしてもらったら?」


「前から相談しているんだが……無理だって言われた……」


「へっ?」


「何か……【愛情】がどうとか……言ってたな」


「愛情?どういうこと?」


「俺もよく分からん。最近頭も上手く回らないし……耳があまり聞こえないんだ……」


「竜也、お前マジで死ぬ――」


「ん?この足音は……。な、何故このタイミングで……まずい!」


すると突然竜也が机の下に隠れた。


「急にどうしたんだよ。竜也」


俺は頭を下げて、竜也を覗きながらそう言った。


「やめろ!俺の名前を言うな!もし俺のことを聞かれてもいないと答えろ!」


「は、はぁ……」


俺は意味が分からず、大きなため息を吐く。

するとクラスの中がざわめき始める。


「ねえ、あれってもしかして……」


「嘘っ!世界的アイドルの愛じゃない!?」


「あとでサイン貰おう~!」


教室のドアの前には、長い金髪を白いリボンでハーフアップにしている女性が立っていた。丸顔で目がぱっちりとしていてまつ毛が長く、鼻筋が通っている。

まるで作り物のような整った顔は、誰もが憧れるほど魅力的だった。


「みなさん、ごきげんよう」


その女性は微笑みながら、カーテシをした。

クラスの女子の一人がその女性に向かって声を掛ける。


「ア、アイドルの愛さんですか?」


アイドル?愛?何か聞いたことあるな……。


「はい!そうですよ」


「やっぱりそうだったんですね!でもどうしてうちの制服を?」


「昨日、アメリカ留学が終わったのでこれを機に転校してきたんですわ」


「「「えっ~~~!!」」」


それを聞いたクラスメイト達が一斉に声を上げる。


「これからよろしくお願い致します」


「そ、それはそうと……どうしてこのクラスに?」


「はい!実はこのクラスに結愛のお兄様がいると聞いてきたのですが……」


「ああ~西園寺君ですね!西園寺君ならあそこの席に……あれ?」


クラスの女子はそう言いながら竜也の席を指差すも、竜也の姿が見えなかったので首を傾げた。


「ふふっ、ありがとうございました」


「えっ?でも今いないみたいで――」


「大丈夫ですわ」


その女性は笑顔でそう言うと、こっちに向かって歩いてくる。


なるほど……。

あの子が竜也の妹か、横目で竜也を見るとブルブルと体を震わせていた。


「友達として守ってやらないとな」


俺は覚悟を決め、その女性の前に立つ。

それでもその女性は顔色一つ変えず、笑顔で俺を見上げる。


「こんにちは、君が竜也の妹さん?」


「ごきげんよう、蒼太様」


「え?どうして俺の名前を……」


「お兄様から話は伺っておりますわ!何でも女性に優しい男性だとか」


「俺は普通に接してるだけだけどね」


「素晴らしい事ですわ!女性にお優しい男性なんて絵本に出てくる王子様みたいです!」


女性は目をキラキラさせながら、そう言った。


「あっ!そういえば自己紹介がまだでしたわね」


女性はそう言うと、俺の前でカーテシーをする。


「わたくしは四大財閥の西園寺家の長女、西園寺結愛さいえんじゆあですわ。お会いできて光栄です、蒼太様。気軽に結愛ゆあとお呼び下さい」


こ、これが本物のお嬢様か……。

まぶしすぎて直視できない!!

いや、茜も莉乃もお嬢様なんだけど、何かお嬢様っぽくはないからな……。


「よろしくね、結愛ちゃん」


「ほえっ!?」


俺が笑顔で名前を呼ぶと、結愛ちゃんが顔を赤くしながら声を出す。


「お兄様以外の殿方に名前を呼ばれたのは初めてですわ……」


結愛ちゃんは両手で頬を抑えながら、そう言った。


「さ、さすが西井君ね」


「まさか世界的なアイドルの愛ちゃんを照れさせるとは……」


「これはまた恋人が増えてしまうわね!神楽坂さん、早く戻って来ないと西井君取られちゃうよ!」


その様子を見ていたクラスの女子たちがヒソヒソと話し始める。


「ごほんっ!では蒼太様。そこをどいて頂けますか?」


「え?」


「机の下にいるのは分かっているんですよ。お兄様」


すると竜也の机がガタンッと音を立てて、揺れる。


「た、頼む……せめて学校ではやめてくれ!」


竜也は机に隠れたまま震える声でそう言った。


「それは無理ですわ。お兄様成分がないと午後の授業頑張れませんもの。ただでさえアメリカに行っていたこの半年間はお兄様成分が枯渇して、アイドル引退しようかと何度も思いましたわ」


結愛ちゃんはわざとらしく泣きまねをすると、両手を大きく広げる。


「そもそも結愛はお兄様と離れたくなかったし、アメリカなんて行きたくなかったんですの。さぁ、お兄様。いつものぎゅーですわ」


「ひぃぃぃぃ!!やめてくれぇぇぇ!!」


すると竜也の机がガタガタ震え出した。


「結愛ちゃん、竜也もこう言っていることだし今日は勘弁してあげてよ」


俺は苦笑いしながら、結愛ちゃんに言う。


「でも結愛、定期的にぎゅーしないと死んでしまうんですわ。それだと困りましたね……あっ!」


結愛ちゃんは顎に手を当ててぶつぶつと独り言を言い、手を叩く。


ぎゅーしないと死ぬってどういう事?

やっぱり四大財閥の人達は癖が強いな……。

莉乃や茜とはまた違うタイプの変な子だ。


「では代わりに蒼太様がぎゅーして頂けますか?」


結愛ちゃんは満面の笑みを浮かべて、俺に向かって手を広げた。

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