第53話 第二回、蒼太君の恋人会議 side北条岬
ここは学校にある使われていない教室。
窓はカーテンが閉められており、電気も消えている。
ドアやカーテンの隙間から僅かに日の光が入っていた。
「第二回、蒼太君の恋人会議を始めます」
「「よろしくお願いします」」
私がそう言うと、茜と莉乃が頭を下げる。
「まずは茜」
「はい!」
「最近蒼太君との関係はどうですか?」
「蒼太君と二人きりになれる時間も作ってもらってるから、昔よりは執着しなくなったかな~」
私の質問に茜は笑顔で答える。
「そうですか……、それは良かったです」
「これも岬さんと莉乃のおかげだよ。本当にありがとう」
「いえいえ、これからも同じ男性を好きな者同士、協力していきましょう」
「はい!」
「莉乃はどうですか?」
「私も茜と同じで前よりは執着してないわ。まあ一番って言われた時は暴走しかけたけれど……」
「そうですか……、まあその辺は仕方がないでしょう」
「私も前みたいにすごく執着してしまうかもしれないと思うと少し怖い……」
茜は自分の体を抱きながら、そう言った。
「そうね。できればこのまま仲良くやっていきたいわ」
茜の言葉を聞き、莉乃は真っ直ぐ私を見る。
「それには協力が不可欠です。執着する自分を押し殺そうとするのではなく、まずは自分を知り、その特性と上手く付き合っていけるように頑張っていきましょう」
私の言葉に二人は深く頷く。
「では本題に入ります。今回の会議の本題は……葵の事です」
「「っ!!」」
二人は目を大きく開けて、背筋を伸ばす。
「葵が完全に蒼太君に執着し始めました。この意味が二人なら分かりますよね?」
「うん……」
「ええ」
「葵は決して蒼太君を諦めないでしょう。それに対して私達はどうしていくべきか……」
しばらく空き教室の中に沈黙が流れる。
「で、でも会長が執着しちゃったならもう……」
「まさか四大財閥の三家が同じ男性を好きになるとはね……。蒼太が恐ろしいわ」
「蒼太君は四大財閥を引き寄せる何かを持っているのかもしれません」
「そうね。だって蒼太は――」
「「「四大財閥キラーだから!」」」
するといきなり空き教室の電気が付いた。
「君たちはこんな真っ暗な教室で何をやっているんだい?」
電気のスイッチの前には葵が笑顔で立っていた。
「葵……」
私はゆっくり立ち上がり、葵を睨む。
何故ここに葵がいるのだろう?
いや葵の事だから、この場所で蒼太君について話し合っている事を知っていて、ここに来たに違いない。
「勘違いしないでくれ、君達とはこれ以上揉める気はない」
葵は両手を上げながら近づいてくる。
「それに私の目的はとっくに達成しているしね」
葵はそう言って、頬を赤く染めながら自分の首輪を撫でる。
「か、会長ってそんな女性っぽい表情するんですね……」
「茜、私も女なんだから当たり前だろう?」
「いや、そうですけど……」
葵は椅子を持ってきて、私の横に座る。
「岬もいつまで私を睨んでいるんだ?」
私は椅子に座って、葵を真っ直ぐ見る。
「何をしに来たんですか?」
「蒼太様について話し合っているのだろう?なら私が参加しないわけにはいかないと思ってね」
葵は当たり前だと言わんばかりに、そう言った。
「「蒼太様!?」」
茜と莉乃は目を大きく開けて、大きな声を出す。
「私のご主人様なのだから当たり前だろう?」
「「ご主人様!?」」
「茜、莉乃。葵の言葉にいちいち驚いていたらきりがないですよ」
私は大きなため息を吐きながら言う。
「私は蒼太様の恋人になりたいわけではない。もちろん一人の男性として好きだから、恋人にしてくれるならそれに越したことはないけどね」
「じゃあ蒼太君とどういう関係になりたいの?」
茜が葵の顔を見ながら、恐る恐る聞く。
「私は蒼太様のペットになりたいんだ!」
「「「は?」」」
「私は蒼太様の都合のいい存在になりたいのだ。だが私はペットだ、ある程度面倒は見てほしい。それさえしてくれれば私は満足さ」
「ペット?」
「面倒?」
茜と莉乃は内容が理解できていないのか、首を傾げながら葵の言った事をそのまま口に出していた。
「み、岬さん。会長は何を言って……」
「は、話が全く見えてこないわ。どんな場所でも注目を浴びて、堂々としている憧れの葵さんが訳の分からないことを……」
「はぁ~。葵が頭おかしい事を言うから、二人が混乱しているじゃないですか」
私はため息を吐き、やれやれと首を横に振りながら言う。
「茜、莉乃、私は天羽家の人間。つまり人より承認欲求が高いんだ」
「それは知ってます……」
「ええ、四大財閥の人間の特性は母から聞かされたわ」
「私も例に漏れず、子供の頃から学校の人気者になったり、社交界でも注目を浴びる事が快感だった。しかし、何故か私の心は満たされなかったんだ……」
葵は自分の胸に手を当て、表情を曇らせる。
「どれだけ承認欲求を満たしても、何かが足りない。心にぽっかりと穴が開いたような感覚だったんだ。そしてある出来事がきっかけでその理由が分かった」
茜と莉乃は葵の言葉を聞いて、生唾を飲む。
「ある日、父さんが全裸になって母さんに尻を叩かれながら侮辱されているのを見て私は全身が震えたよ」
「っ!?そ、それは確かに震えるね……」
「ええ、もし自分の父親のそんな姿を見たらショックね」
「いいえ、そうじゃないですよ」
私は茜と莉乃の言った事を否定する。
「「えっ?」」
「私はその時思ったよ。『好きな人だけが自分の情けない姿を知っていて、そこを叱ってくれる。これこそ本当の愛の形だ!』とね」
葵は頬を赤くさせながら、うっとりとした表情を作る。
「その後、私は自分のご主人様を探すことにしたんだ。周りから尊敬され、いつでもかっこいい私をぶっ壊してくれるご主人様をね……。そして遂に見つけたのだ!」
葵は勢いよく立ち上がり、両手を広げる。
「つまりどういう事?」
茜は私を見てそう言った。
「つまり葵は、茜や莉乃が思っているようなかっこいい王子様などではなく、みんなの憧れである自分を罵られて興奮してしまうド変態マゾ女という事です」
「「……」」
茜と莉乃はしばらく何も言わずに俯いた後、葵を軽蔑したように見る。
「うわぁ……かっこいいお姉ちゃんだと思ってたんだけどなぁ」
「気持ち悪いわ……もうあんまり関わりたくないわね」
「やっとこの気持ちを共有できる友人が出来て嬉しいです。だから私はこの女のせいで四大財閥嫌いになったんです」
私達三人は葵から少し離れる。
「ふふっ、君達の表情もなかなか良いね。蒼太様のお仕置きをその表情で見学してくれれば、良いスパイスになりそうだ」
私達の表情とは対照的に葵さんは満面の笑みを浮かべながらそう言った。
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