第52話 ご主人様 side天羽葵
「ふふっ」
私はある男の子を思い浮かべる。
その男の子を思うと、何故か自然と口角が上がってしまう。
「蒼太様……早く会いたい」
私はそう呟いて、ある部屋の前に立つ。
その部屋の扉を三回ノックする。
「は、はーい」
中から男性の声が聞こえたので、私は部屋に入る。
「失礼します、父さん」
「え?は、はい」
その男性は体が細く、つねに何かに怯えている。
娘の私も思わずじっと見てしまうほど、顔だけは抜群に整っている。
この人が私の父であり、天羽家の現当主だ。
「おい、何を震えているのだ。娘の前くらいしっかりしろ!」
「す、すみません!」
その後ろでふんぞり返りながら頬杖を付いている長い銀髪の女性が怒号を上げる。
その女性は服の上から体の形がわかるほど、筋肉が発達していた。
「母さん、あまり父さんをいじめないであげてくれ」
「あ?お前はこいつに甘すぎる。男のくせに軟弱でいつも草食動物のように怯えている。それでも天羽家の当主か!」
母さんそう言って、机を叩く。
「ひ、ひぃぃぃ!ごめんなさい!」
父さんはぷるぷると震えながら、顔を真っ青にする。
「男性は基本こんな感じだよ」
「男がこんなに弱いからいつまで経っても数が増えんのだ」
「それとこれとは関係ないと思うけどね」
私は苦笑いしながら、母さんに言う。
代々、天羽家は男性が当主になる。
しかし生まれてくる子供は基本的に女の子ばかりだ。
だから父さんのように外の男性を婿養子にしてその男性を当主にさせる。
「全く……いつになったらお前は当主としての自覚を持つのだ」
「す、すみません」
しかし四大財閥という日本一の組織の代表をやれるほど度胸のある男性はいない。
だから実際は天羽家の女が裏から男性を動かしているのだ。
今も父さんが当主だが、決定権は母さんにある。
「顔だけで夫に選んだ私が馬鹿だったな」
母さんは舌打ちしながらそう呟く。
「本当は父さんの事大好きなくせに」
「葵!何か言ったか!?」
「いや、なんでもないよ」
私は母さんから目を逸らしながら、そう答える。
「ん?葵、その首輪どうした?」
母さんが私の首を指差しながらそう言った。
「ふふっ、これかい?」
私は自分の首に付いている白い首輪を優しく撫でる。
「何故首輪なんか付けているんだ?こいつに似て顔が整ってるのにそれが台無しになっているぞ」
「いいんだよ、これで」
「そうか?だが全然似合ってないぞ」
「あははは、ファッションで付けているわけではないからね」
笑いながらそう答える私を見て、母さんは不思議そうに眉をひそめる。
「と、ところで葵。僕達に何か用かい?」
「ええ、実は気になる男の子を見つけたんだ」
「な、なんだと!?」
母さんは椅子から立ち上がり、大きく目を開く。
「ついに葵にも好きな人が出来たのかい?それは喜ばしい事だね」
父さんはニコニコと笑いながら、私の顔を見る。
「貴様!何を呑気にそんな事を言っているんだ!?」
「え?」
「葵の旦那になるかもしれんのだ!つまり天羽家の次期当主になるんだぞ?」
「本当かい!?やっとこの重荷から解放されるのか!葵、今すぐその男の子と結婚しなさい!」
「この馬鹿がぁぁ!」
母さんは父さんの頬をビンタした。
「ぶへっ!」
筋肉が発達した腕から繰り出されるビンタは途轍もない威力だ。
その証拠に父さんは吹っ飛ばされて、地面に転がっていた。
「まだ顔も見ていない奴を天羽家の当主にするわけにはいかん」
母さんは私を睨みながら、父さんの首根っこを持って椅子に座らせる。
「ああ、わかってるよ」
「それで、そいつは私達の【承認】を満たせる男か?」
天羽家の人間は承認欲求が強く、それを満たせない男とは絶対に結婚できない。
その証拠に父さんは凄まじく顔が整っている、それこそ一緒に歩いているだけで他の女が振り返るくらい。
「まだ出会って日は浅いけど、満たせると思うよ」
「あ?まだ日が浅いのになぜそんな事が言える?」
「他の四大財閥の娘もその男の子が好きだからね」
「なんだと!?どこの家の娘だ?」
「神楽坂と如月だ」
「なっ!ふ、二つの家の娘と付き合ってるのか!?」
「今日、茜と莉乃と会ってきたが上手くいってるみたいだったよ」
蒼太様と一緒に居る茜と莉乃は幸せそうだった。
私もいずれ蒼太様の恋人に……いやペットになりたい。
「あれは将来大物になるぞ」
「葵を含めると四大財閥の内三つもか……」
「ああ、それに私の勘だがきっと【西園寺】の娘もその内好きになるだろう。あれほど愛を伝えてくれる男性は他にはいない」
「おいおい、その男は四大財閥を一つに統合して、世界征服でもするつもりか?」
「いや、ただの女好きじゃないかな?みんな美人だからね」
「当たり前だ。四大財閥は欲しい物をなんでも手に入れる事ができた。それこそ優秀なDNAもな」
四大財閥の中でも特に天羽家は手段を選ばない。
必要があれば殺しもやるし、拷問だってする。
その証拠に四大財閥で一番金を持っているのは天羽家だ。
「もし本当に四大財閥が一つになり、その男と結婚すれば【承認】は間違いなく満たせるな」
「私は第三夫人でも第四夫人でもかまわないよ」
「まあ会社の事業は葵がやればいいしな。葵がそれでいいなら私は構わん」
私は別に蒼太様の一番になりたいわけでも、独占したいわけでもない。
みんなと仲良くするのは賛成だ。
まあ少しだけ自分の欲求には正直だけどね。
「おい、貴様はどうだ?」
「え?僕に決定権なんてあるの?」
「また殴られたいのか?貴様が天羽家の当主だろう!」
母さんは父さんの胸蔵を掴んで、声を荒げる。
「す、すいません!僕も君の意見に賛成します!」
「ふん、それでいい。しかし貴様のその弱弱しい態度が気に食わん。あとでお仕置きだ」
「そ、そんな!それだけは……」
「ダメだ。あとで私の部屋に来い」
「ひぃぃぃぃ!!」
そう言うと母さんは部屋から出て行った。
「父さん……」
机に突っ伏している父さんを見て呟く。
「えへへへへ」
なぜこの父さんは母さんと結婚したのだろう……。
きっとこの夫婦の関係をよく知らない人はそう思うだろう。
「葵、聞いたかい!?久しぶりのお仕置きだ!きっと妻も葵に好きな人が出来て喜んでいたんだよ!」
父さんは涎を垂らしながら、目をキラキラとさせて私を見る。
「今日は一体何をさせられるんだろう?前は無理やり妻の名前のタトゥーを彫らされたんだ!最高の痛みだったよ!」
「何っ!?羨ましい!」
私も蒼太様に命令されたい……。
「何回も言うけど、妻にこの事言わないでくれよ!?わざと弱弱しく見せているんだから」
父さんは女性に対して、怯えない。
むしろ女性を軽蔑して、冷たい態度を取る人だ。
「ああ、分かっているよ」
「妻だけだよ、僕の性癖を受け止めてくれるのは……」
父さんは両頬に手を当てて、うっとりしながら言う。
こういう姿を見ると、やっぱりこの男は私の親なんだなと思う。
「受け止めているというか、本当にお仕置きしているつもりだと思うけどね」
私は苦笑いしながら、父さんに言う。
「葵はまだご主人様いないのか?」
「いや、さっき言った男の子が私のご主人様さ!」
私は自分の首輪を指差してそう言った。
「やっと見つけたのかい!?よかったな、葵!」
「ああ!」
私が蒼太様からのお仕置きを想像すると、お腹に熱いもの感じた。
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