第47話 王子様の首輪
俺は岬姉ちゃんと学校までの道のりを歩く。
「蒼太君、葵には気を付けてくださいね!」
「うん」
岬姉ちゃんの忠告に苦笑いしながら、首を縦に振る。
「いいですか?出来るだけ優しく接するんですよ?」
「分かってるよ」
「本当に分かってますか?何かあったらすぐに茜や莉乃、私に声を掛けるんですよ?」
「昨日から何度も言われてるから大丈夫だよ」
「で、でも……」
岬姉ちゃんは俺の袖を摘んで、俯く。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。いくら葵さんでも男の俺を強引に連れ込んだりはしないはずだよ」
「……」
岬姉ちゃんは俺の言葉に肯定せず、黙り込む。
「えっ?するの?」
「葵が男性に興味を持つのは初めてですから、どうなるかは分かりません」
「でも話を聞くかぎり、冷たくした方が葵さんに興味持たれるんでしょ?だったら俺にこだわらなくても他の男なら冷たくしてくれると思うけどな……」
「葵曰く、それだとダメらしいです。昔、色々説明されましたが言ってる意味が分かりませんでした」
「そ、そうなんだ……」
岬姉ちゃんは葵さんの事を詳しく話したがらない。
なぜ優しくした方が嫌われるのか、なぜ俺に興味を持ったのかを聞いても「気持ち悪いので私の口から言いたくありません」の一点張りだ。
「まあ、でもこの前みたいに朝から接触してくることはないでしょ!」
「いえ、早速いましたよ」
「えっ?」
岬姉ちゃんはそう言って、学校の校門を指差す。
「おはよう」
「「「「きゃーーーー!!天羽先輩ーー!!」」」」
なぜか葵さんが校門の前に立っていて、登校してくる生徒たちに笑顔で挨拶をしていた。
そして歩いてきた俺達を見つけると、口角を上げて手を軽く振ってくる。
「みんな、ごめんね。知り合いがいたからちょっと話してくるよ」
葵さんはそう言って、俺達の方に向かって歩いてくる。
「蒼太君、岬、おはよう。今日はいい天気だね」
「そ、そうですね。おはようございます」
「……」
岬姉ちゃんは挨拶を返さず、葵を睨む。
「岬は相変わらず冷たいね」
「何でこんな所にいるんですか?」
「今日は挨拶運動の日だからね。こうして校門の前に立って、生徒に挨拶をしているんだよ」
葵さんはそう言って、校門を指差す。
「そんな話は聞いていませんよ。今月の挨拶運動は先週に終わりましたし、葵は普段参加しないですよね?」
「私がさっき決めたんだ。みんなも喜んでくれているし、挨拶するのは気持ちがいいな」
葵さんは満面の笑みでうんうんと首を縦に振る。
「じゃあ私達と話してないで、挨拶してきたらどうですか?」
岬姉ちゃんはそう言って、葵さんの取り巻きを指差す。
「いや、今日はもう終わりだ。時間も空いたし、お話でもしようじゃないか」
「そんな自分勝手な事が許されません!一度やると決めたんですから、最後までやってください!」
岬姉ちゃんは葵さんに詰め寄り、声を荒げる。
「ふふっ、岬はいつも怒ってばかりだな」
「葵がいつも私を怒らせるんです!」
すると葵さんが岬姉ちゃんから視線を外し、俺の方をじっと見つめてくる。
「えっ?」
葵さんがふっと小さく笑うと、俺の目の前に来て白い首輪を差し出す。
「これって昨日の……」
俺が葵さんの首に付けたことで岬姉ちゃんに叱られた例の首輪だ。
「思い出したかい?さぁ、昨日みたいに首につけてくれ!」
葵さんはそう言って、両手を広げて顔を俺に近づける。
「うっ!」
葵さんのいい匂いが鼻孔を刺激し、胸が一瞬ドキッとしてしまう。
ここで絶対に葵さんに首輪を付けちゃダメだ!
「昨日はごめんなさい!先輩に失礼なことしてしまいましたね」
俺はそう言って頭を下げる。
すると葵さんは一瞬だけ、眉間にしわを寄せて口を尖らせる。
「そうだな。少し失礼だったかもしれないな。しかし私はまったく気にしてないぞ!だから……早く首輪をつけてくれ!」
「い、いや……でも……」
葵さん越しに見える岬姉ちゃんを見て、助けを求める。
すると岬姉ちゃんが首を素早く横に振る。
「どうしたんだ?さぁ、早く!!」
葵さんはやけに熱っぽい目で俺を見ながら、にじり寄ってくる。
俺はどうすればいいんだ!
葵さんに首輪をつけるわけにはいかない、だけどこの首輪をどうにかしないと葵さんは止まらない。
だったら……
俺は岬姉ちゃんの前に行く。
カチャリ!
「へっ?」
岬姉ちゃんの首に首輪を付けると、小さく声を出した。
「なっ!」
それを見た葵さんが目を大きく見開き、後ずさりする。
「こ、こここれはどういう事なんですか!なぜ私に首輪を……」
岬姉ちゃんは顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながらそう言った。
「ご、ごめん!どうしていいか分からず、とりあえず岬姉ちゃんに首輪をすれば葵さんも諦めるかなって思って!」
すると葵さんが眉間にしわを寄せながら、俺と岬姉ちゃんの間に立つ。
「蒼太君、これはどういう状況だ?」
「え、えっと」
「なぜ岬に私の首輪を付けたのだ……」
すると葵さんは岬姉ちゃんについている首輪を見て、固まってしまった。
「蒼太君!葵がショックを受けている内に逃げてください!」
耳元で岬姉ちゃんがそう言ったので、俺は首を縦に振る。
「と、特に深い意味はありません!」
俺は慌てて岬姉ちゃんの首輪を取って葵さんに返す。
「そ、それじゃあ僕は教室に行きますね!!」
そう言って俺はダッシュで教室に向かう。
葵さんは追いかけてこようとはせず、手に持った首輪をじっと見つめていた。
◇
「蒼太君は首輪を付けてくれませんでしたね」
「ああ」
「もう諦めたらどうですか?葵よりも私を選んだという事です」
「ふふっ……あははは!!」
「どうしたのですか?頭がおかしくなったんですか?」
「何を言っているんだ、岬!これは伝説の焦らしプレイというやつだ!」
「は?」
「首輪を一度付け、その次は私の目の前で親友に首輪を付ける。しかも私の首輪をだ!岬、少し妬いてしまったよ」
「近づかないでください。鼻息が荒くて気持ち悪いです」
「素晴らしい!焦らされるのがこんなに気持ちが良いとは思わなかったよ!喜びで前よりも心臓がドクドク言っている!」
「はぁ~、葵の気持ち悪さを舐めてましたね……。これは茜と莉乃にも伝えないと」
「蒼太君……なんて素敵な男なんだ!増々君に興味を持ってしまったよ!」
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