第36話 仲直り
「蒼太……くん?」
岬姉ちゃんは目を見開いて、そう言った。
「岬……姉ちゃん……」
岬姉ちゃんは持っていたビニール袋を落とし、俺に駆け寄ってくる。
「ど、どうしたんですか!?服も泥だらけで……、それに膝から血が出てますよ!?」
岬姉ちゃんはあわあわしながら、俺の服についた泥を落としてくれる。
「早く部屋に帰ってお風呂入りましょう!そのあとに膝の治療を――」
「岬姉ちゃん!」
「へっ?」
俺は思わず岬姉ちゃんに抱き着いてしまう。
「ごめん……ごめん……」
震えながら声を絞り出して岬姉ちゃんにそう言った。
岬姉ちゃんは俺の背中を優しくさすってくれる。
「よしよし」
俺は少し安心して、涙が溢れてくる。
「ごめん……。俺、岬姉ちゃんに甘えてたよ……。岬姉ちゃんは優しいから謝れば許してくれるって思ってたんだ」
岬姉ちゃんは一生守ってくれると言ってくれた。
それを聞いた俺は、何があっても許してくれる、絶対死ぬまで傍にいてくれると勘違いしてたんだ。
「はい」
「でもそうじゃなかった……。俺は岬姉ちゃん自身を見ていなかったんだ」
可愛い子と仲良くなりたい、そう思っていたんだ。
最初は見た目が可愛い子だから好きになった。
でも岬姉ちゃんがいなくなってしまうかもしれない、そう思って初めて岬姉ちゃんが俺にとってどのような存在なのか気付いた。
毎日俺のためにご飯を作ってくれていた。
転校したばかりで不安になった俺を勇気づけてくれた。
茜の家に泊まった時には俺の事を心配し、連絡してくれた。
「俺は岬姉ちゃんに何もお返し出来ていない。今までやってもらうばっかりだった」
「はい」
ここは貞操逆転世界だ。
男性が女性にしてもらうのが当たり前。
でもそんな考えでは周りの女性は幸せになれない。
俺も知らず知らずのうちに甘えていたんだ。
この世界の女性だって不安になるし、付き合ったらそれで終わりではない。
ましてや魅力的な女性と恋人になるんだ。
自分はそれ以上に魅力的な男になる必要がある。
「俺、岬姉ちゃんが好きだ。もう嘘はつかない、しっかり岬姉ちゃんと向き合いたい。だから俺の前からいなくならないでくれ……」
「……」
岬姉ちゃんは何も答えず、黙って俺の背中をさする。
「もう嘘はつきませんか?」
「うん」
「私としっかり向き合ってお話ができますか?」
「うん」
「約束できますか?」
「約束するよ」
そう言うと岬姉ちゃんは俺から離れる。
俺は涙を拭いて、岬姉ちゃんを見る。
「んっ」
「えっ!?」
岬姉ちゃんは目を閉じて唇と突き出していた。
予想外の行動に俺は固まってしまう。
岬姉ちゃんが俺の腕を優しく二回引っ張って、催促してきた。
「早くしてください。じゃないと本当に許しませんよ?」
「う、うん」
俺は岬姉ちゃんの輪郭に触れ、キスをする。
俺たちはお互いに見つめ合う。
今まで岬姉ちゃんの顔がこんなに近くなる事はなかったので、少しドキドキしてしまう。
「私の事好きですか?」
「うん、好きだよ」
「ただの好きですか?」
「ううん、大好きだよ」
岬姉ちゃんが勢いよく俺に抱き着く。
「嬉しいです!私も蒼太君が大好きです!!」
岬姉ちゃんは俺を強く抱きしめる。
俺もそれに答えるように強く抱きしめた。
「これからは不安にさせないようにしっかり自分の気持ちを伝えるよ」
「そうしてください。じゃないとまたどっか行っちゃいますよ?」
「それは困るな。毎日言うようにするよ」
「ふふっ、じゃあ帰りましょうか」
岬姉ちゃんは手を差し出し、俺はその手を握る。
そして家に向かって二人並んで歩きだす。
「膝大丈夫ですか?」
「ちょっと痛いけどゆっくり歩けば大丈夫」
「じゃあしっかり手当しないといけませんね」
「そうだね」
「……蒼太君」
「なに?」
岬姉ちゃんが俺の名前を呟く。
「私もごめんなさい。蒼太君の頬を叩いてしまって……」
確かにあれは効いたな。
膝の痛みより何倍も痛かった。
「全然大丈夫。むしろあのビンタで目が覚めた気がするよ」
「本当ですか?跡とかなってないですか?」
「なってないよ」
「よかったです……」
岬姉ちゃんはほっと息を吐くと、俺を真っ直ぐ見てきた。
「それと……神楽坂茜や如月莉乃と縁を切れとはもう言いません」
「……。いいの?」
「はい。でもあの二人がちょっとでも蒼太君を傷つけるなら私は容赦しません」
「俺もそうならないように気を付けるよ」
俺も知らず知らずのうちに貞操逆転世界にいる男になっていたのかもしれない。
岬姉ちゃんだけじゃなく、茜も莉乃も俺のせいで苦しい思いをさせてしまった。
「俺が責任取らないといけないよな」
二人には真剣に向き合わなくてはいけない。
俺は岬姉ちゃんだけではなく二人とも好きだ。
これから俺はどうすればいいのか、しっかり考えていかなければならない。
「?何か言いましたか?」
「ううん、何でもないよ」
「そういえばずっと手に持っているビニール袋は何?」
「これは明日の食材です。さっきスーパーで買ってきました」
「明日の食材?」
「そうです。しばらく頭を冷やしてまた家に戻ろうかと思っていました」
つまり本気で家を出て行くつもりはなかったのか。
「そ、そうだったんだ……。じゃあ大人しく家で待ってた方が良かったかな?」
「ふふっ、でも蒼太君が追いかけてくれて私はとても嬉しかったですよ?」
「そっか……」
そんな話をしているといつの間にか住んでいるアパートの入口に着いていた。
「さあ家に着きましたよ。まずは膝の手当て、そしてお風呂ですね」
岬姉ちゃんは俺に微笑みながらそう言った。
「うん。明日も学校だし、早く寝ないとね」
俺たちは手をつないだまま、二人で部屋に入る。
「岬姉ちゃん、おかえり」
「はい!ただいまです!」
岬姉ちゃんは頬をほんのり赤くさせ、にっこりと笑顔を作った。
その笑顔を見た俺は見惚れてしまい、しばらくその顔が忘れられなかった。
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