第35話 もう一度君の笑っている顔が見たい
「さようなら、蒼太くん」
岬姉ちゃんはそう言うと、玄関に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
急いで立ち上がり、岬姉ちゃんの後を追う。
靴を履いた岬姉ちゃんの腕を掴み、玄関の前で引き止める。
「離してください。私よりも四大財閥の二人を選ぶのですよね?」
岬姉ちゃんの冷たい声を聞いて、胸をチクチクと刺されるよう悲しみに襲われる。
「それは違う!俺は岬姉ちゃんとも一緒にいたいんだよ!」
「じゃあ、あの二人と縁を切れますか?」
岬姉ちゃんは後ろ向きでそう言った。
岬姉ちゃんの後頭部しか見えないので、どんな顔をしているか分からないがきっと怒っているのだろう。
「そ、それは……」
茜も莉乃も二人とも好きだ、もちろん岬姉ちゃんのことも。
俺は誰一人諦めたくない。
「それに前から思っていたのですが、本当に蒼太君は私の事好きなんですか?」
「そんなの好きに決まって――」
「じゃあ蒼太君は好きな人に嘘を付いたり、不安にさせたり出来るんですね」
「……」
俺は岬姉ちゃんの言葉に反論できず、黙ってしまう。
「結局、蒼太君も他の男性と変わらないんですね。少しでも夢を見た私が馬鹿でした」
「……」
「何も言い返さないんですね、蒼太君の気持ちはよく分かりました。改めてさようなら」
岬姉ちゃんは俺の手を振り払い、ドアノブを回す。
「た、頼むよ!ちょっと待って!」
俺はもう一度岬姉ちゃんの腕を掴む。
「いい加減しつこいですよ?離してください」
「お、俺は岬姉ちゃんの事も好きなんだよ!だから――」
「勝手なこと言わないで下さい!」
岬姉ちゃんはそう言うと振り返った。
「み、岬姉ちゃん……」
岬姉ちゃんは目からぽろぽろと涙を流していた。
それを見て俺は罪悪感に押しつぶされそうになる。
「私は最初から言ってましたよ!四大財閥とは関わらないで下さいって……。私に嘘をつき、神楽坂茜や如月莉乃とイチャイチャするのはさぞ楽しかったのでしょうね」
「ご、ごめん……」
「でもこれからは心置きなくイチャイチャ出来ます。良かったですね、私のようなお邪魔虫がいなくなって。それでは」
岬姉ちゃんはまた部屋から出て行こうとする。
「ちょっと待ってよ!もう一回話し合いしようよ、ねっ?一旦部屋の中で話を――」
そう言って岬姉ちゃんの肩を掴む。
「うるさい!!」
岬姉ちゃんが大きな声でそう言った瞬間、自分の頬に強烈な痛みを感じた。
「えっ?」
俺は何が起こったのかわからず、岬姉ちゃんを見る。
岬姉ちゃんは一瞬だけハッとした顔をして、唇を噛んだ。
よく見ると震えた右手を左手で握っていた。
「っ!」
俺ビンタされたのだろう。
そして岬姉ちゃんは何も言わず、部屋から出て行った。
俺は誰もいなくなった玄関に立ち尽くす。
「お、俺はどうすれば……」
俺はキューピッドにすがるようにスマホを開くが、新しい情報は更新されていなかった。
「もう少し待っていれば新しい情報が出るかもしれない」
行動しようと思ったが、足が重く感じてしまい、動き出せない。
こんな気持ちは前世で彼女に振られた時以来だ。
俺はとぼとぼと歩きながらリビングに戻り、ソファに座る。
茜と莉乃が俺のことで喧嘩した。
岬姉ちゃんも出て行ってしまった。
「俺はこのままみんなと関わり続けてもいいのか?」
◇
俺はどのくらいの時間、こんな風に天井を見続けているのだろうか。
「キューピッドは更新されてない……。今回は自分で何とかしろって事なのかな?」
岬姉ちゃんの笑った顔や、怒っている顔が目に浮かぶ。
いつの間にか俺の中で岬姉ちゃんの存在は大きくなっていたみたいだ。
何もやる気が出ない。
俺はこれから一人でやっていけるのだろうか。
「喉乾いたな」
俺は立ち上がり冷蔵庫を開ける。
「これって……」
その冷蔵庫の中におかずが入ったタッパーがいくつも入っていた。
きっと明日のお弁当に入れるおかずなのだろう。
「そうだ……、俺は今まで何をやっていたんだ!」
急いで玄関に行き、靴を履き替えて部屋を出る。
外はすっかり暗くなっていて、満月が空をほんのり照らしていた。
「はぁ……はぁ……」
俺は当てもなく街灯に照らされている夜道を走る。
何処に行ったんだ……岬姉ちゃん!
きっと岬姉ちゃんは俺がわがまま言っても許してくれる。
心の中でそう思っていたのだろう。
俺は今まで岬姉ちゃんの優しさに甘えてたんだ。
「岬姉ちゃん!!……くそっ!ここにもいないか」
俺は岬姉ちゃんの行きそうな所を片っ端から行ってみる。
「はぁ……はぁ……。あっ!」
俺は走っている途中で、段差に躓いて転んでしまった。
「い、痛ぁ!」
よく見ると右膝に大きな傷ができてしまい、そこから血が流れていた。
俺はゆっくり立ち上がり、足を引きずるようにして歩く。
足を踏み出すたびに右膝に激痛が走る。
でもその歩みを止めようとは思わなかった。
「岬姉ちゃんの心の痛みに比べたらこんなもの……」
自分にそう言い聞かせ、死に物狂いで岬姉ちゃんを探す。
しかし、岬姉ちゃんは見つからない。
「くそっ!どこに行ったんだよ」
そう呟いて、近くにあった公園のブランコに座る。
ブランコが小さく揺れる。
岬姉ちゃんとはもう会えないのだろうか。
岬姉ちゃんの作ったご飯が食べられないのか。
そんな考えが頭の中をぐるぐるしている。
俺は自然に目頭が熱くなり、涙が出てきてしまう。
『私は何があっても蒼太君のことをお守りします!』
『ふふっ……。好きですよ、蒼太君』
『ほっぺにキス……しちゃいました……』
俺は岬姉ちゃんに言われた言葉を思い出す。
岬姉ちゃんに会いたい。
また一緒にご飯を食べたい。
またキスしてほしい。
「岬姉ちゃん……お願いだよ。もう一度会って謝らせてよ……」
俺は涙を流しながら、震える声でそう呟いた。
「蒼太……君?」
俺は聞き覚えのある声を聞き、顔を上げる。
「えっ?」
顔を上げると目の前にいたのは、大きなビニール袋を手に持った岬姉ちゃんだった。
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