第34話 岬姉ちゃんの思い

家で夕飯を食べて、スマホをいじっていると岬姉ちゃんに声を掛けられた。


「蒼太くん。少しお話があります」


「えっ?な、なに?」


「とりあえずこちらに来て下さい」


岬姉ちゃんはソファに座り、自分の隣をぽんぽんと軽く叩く。

俺は岬姉ちゃんの隣に座った。

岬姉ちゃんが出している重々しい雰囲気に俺は少し緊張する。


「昨日、私から逃げましたよね?」


きっと莉乃と二人きりでゲームやるために岬姉ちゃんと茜から逃げたことを言っているのだろう。

昨日怒られると思って、びくびくしながら帰宅した。

しかし何故か何も言われなかったのでホッとしていたのだが……。


「い、いや……そんなことは――」


「逃げましたよね?」


「はい……」


「あともう一つ、如月莉乃……この名前に聞き覚えはありますか?」


「ぎくっ!あ、あります」


岬姉ちゃんは昨日、俺が一緒に逃げた女の子は莉乃だと知っているみたいだ。


「はぁ~、私は言いましたよね!?四大財閥の人間と関わるとろくなことにならないって!」


岬姉ちゃんが眉を吊り上げて、声を荒げる。


「ち、違うんだよ!莉乃が如月家の人間だって知ったのは昨日なんだ!しかも茜と莉乃が教室で喧嘩し始めて……」


四大財閥の二人が喧嘩したという噂は一瞬で学校内を駆け巡った。

今この件を知らない生徒はいないだろう。


「神楽坂茜と如月莉乃が蒼太くんの事で大喧嘩したみたいですね。会長からも蒼太君について聞かれました」


「会長から?」


生徒会長か……。

どんな人なんだろう、茜がかっこいいとか言ってたから見てみたいな。


「そうです。もしかして神楽坂と如月以外に会長まで……」


岬姉ちゃんは目を細くして、俺をじっと見る。

失敬な!俺には男を好きになる趣味はない。


「そんなわけないだろ!会長がどんな人か気になっただけだよ」


「気にならなくていいです!全く……どうして蒼太君は四大財閥を引き寄せるのですか!?」


「そ、それは俺にもわからないけど……。それに会長の話と四大財閥の話は別だろ?」


「会長も二人と同じ……ごほんっ。まあ会長の話は一旦置いておきましょう」


岬姉ちゃんはわざとらしく咳払いをする。


「それで今回の二人の大喧嘩は結局どうなったんですか?」


「言い合いがしばらく終わりそうになかったから、俺がなんとか止めに入ってまた後日ゆっくり話し合うってことになったよ」


俺が中途半端な付き合い方をしたから茜と莉乃には嫌な思いをさせてしまった。

もちろん岬姉ちゃんにも……。

これからは一人一人に向き合っていかなければ。


「それで?神楽坂茜だけではなく、如月莉乃まで嫁にするつもりなんですか?」


「よ、嫁にするかはまだ分からないけど、莉乃とは仲良くしていきたいと思ってる」


俺は真っ直ぐ岬姉ちゃんを見て、そう言った。

すると岬姉ちゃんはひざの上で拳を強く握り、プルプルと震えだす


「そんなの……」


「えっ?」


岬姉ちゃんは大きく息を吸うと、顔を真っ赤にして声を荒げる。


「そんなのダメに決まってるじゃないですか!はっきり言って四大財閥は全員頭がおかしいんですよ!?それを二人も囲うなんて何考えてるんですか!?」


岬姉ちゃんは立ち上がり、俺を見下ろしながら大きな声を出す。


「目を覚まして下さい……。私は決して蒼太君を困らせたくて言っているわけではないんです!」


岬姉ちゃんは目に涙を浮かべながら、震える声で言う。


「私は蒼太君が好きだから……好きだから幸せになって欲しいんです!」


「岬姉ちゃん……」


それは分かっている、岬姉ちゃんが意地悪でそう言っているわけではない。

俺の事を一番に考えてくれていたからこそ、一生守ると言ってくれたのだ。

でも俺は……。


「岬姉ちゃんは四大財閥と関わりがあるの?前々から思ってたけど、やけに四大財閥の人達を毛嫌いしてるよね?」


「……」


岬姉ちゃんはゆっくりとソファに座る。


「東京に引っ越してから、母はある四大財閥の旦那様のボディーガードをやっていました。その四大財閥は珍しく男の人が家の権利を握っていました。その時に旦那様の子供と知り合ったのです。その子は私の同い年で、今でも仲が良い友達です」


俺は黙って岬姉ちゃんの話を聞く。


「その子とは学校が同じでいつも一緒にいました。でもその子は男っぽく、昔からかっこいいと言われていました」


男っぽくてかっこいい……。

もしかして岬姉ちゃんの言ってる子って男か!?


「私は蒼太君のことしか頭になかったから、その子の事をかっこいいと思った事はありません。しかし周りの人達は私がその子の近くにいる事を良く思っていなかったのでしょう。私は色んな嫌がらせをされました」


だから四大財閥の人間に対してあまりよく思っていなかったのか。


「結局その子が家の力を使って私に対する嫌がらせを全てなくしました。でも心の傷は一生消えません。蒼太君には私のような思いをして欲しくはないんです!」


岬姉ちゃんは俺の手を両手で握る。


「普通の女の子だって良い子はいっぱいいます。そういう子だったら私は何もいいません」


岬姉ちゃんの目から涙が溢れ、その涙が頬を伝ってぽろぽろと落ちる。


「私が一番じゃなくてもいい。私は蒼太君を……好きな人を守れるように近くにいられるだけでいい」


「岬姉ちゃん……」


「しかし私はーガードです。蒼太君の心を守ることはできません。だから……蒼太君には四大財閥は関わってほしくないです」


「……」


岬姉ちゃんの気持ちも分かる、しかし俺はアプリの力を使って茜と莉乃を魅了してしまった。

今更、全部なかった事にするなんて出来ない。


もう後戻りはできない。

俺が四大財閥だろうが何であろうが全員幸せにしてみせる!


「ごめん……岬姉ちゃん。それでも俺は茜と莉乃との関係は断ち切れないよ」


岬姉ちゃんは俺の手を離し、涙を拭いた。


「それが蒼太君の答えなんですね」


俺はゆっくり首を縦に振る。

すると岬姉ちゃんは俺を真っ直ぐ見つめてくる。


「そうですか……、私は蒼太君が傷ついていく姿を目の前で見るのは耐え切れません。そうなるくらいなら私はを一生好きなまま死にます」


そう言うと岬姉ちゃんは立ち上がり、鞄を持って俺の方を見る。


「私は今日限りでこの家を出て行きます。今までお世話になりました」


岬姉ちゃんはそう言って俺に頭を下げた。


「さようなら、蒼太君」



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