第32話 私の未来の旦那様 side如月莉乃
「ねぇ、蒼太。私なにか悪い事した?物語に出てくる優しくてかっこいい男性を好きになるのってダメなの?」
私は涙を流しながら、蒼太の目をじっと見つめる。
「……」
蒼太は私から視線を外し、沈黙する。
怖い……。
もし、蒼太も私の事を気持ち悪いと思っていたらどうしよう。
答えを聞きたくない、でも蒼太には私の好きなものを知ってほしい。
だって私は蒼太の事が好きだから。
私は拳を強く握り、俯いた。
涙が拳の上にぽたぽたと落ちる。
「莉乃」
名前を呼ばれたので、顔を上げる。
「俺は気持ち悪いなんて思わないよ」
「……」
「物語に出てくるキャラクターを好きになってもいいだろ。それだけ自分にとって好きなものに出会えたって事なんじゃないか?」
『ラブコメなんか見てるのか?気持ち悪い、そんな男が世の中にいるわけないだろ』
蒼太はそう言ってくれるが、昔言われた男子の言葉がフラッシュバックしてしまい、蒼太の言葉を疑ってしまう。
「本当に気持ち悪いって思わない?私の事、嫌いにならない?」
「そんなことで莉乃を嫌いになるわけないだろ。俺だってラブコメ好きでよく読んでたし」
蒼太は今の私を受け入れてくれた、そう思ったら自然と涙があふれ出てしまう
「うわ~~~~ん!」
私は思わず、蒼太に抱き着く。
蒼太は小さく笑い、私の背中を優しくさすってくれる。
「よしよし、辛かったんだな」
やっぱり蒼太は漫画に出てくるような優しい男の子だ。
いや、私の理想以上の男の子だ。
この人と死ぬまで一緒にいたいと思ってしまう。
その後、蒼太は私が泣き止むまで背中をさすってくれた。
しばらくすると涙が止まり、気持ちも少し落ち着いてくる。
「ぐすっ、ありがとう」
「もう大丈夫か?」
そう言うと、蒼太は私から離れようとする。
「まだもう少しこのままがいい……」
私は蒼太が離れないように強く抱きしめる。
「蒼太もラブコメが好きなの?」
抱き着いたまま、耳元で蒼太に質問する。
「まあな。こっちに来てからはあんまり読んでないけど、昔は結構読んでたぞ」
蒼太の噂は学校でも聞いたことがある。
最近引っ越して来た私と同じ二年生で、女子にすごく優しい男の子の転校生。
「ふ~ん、こっちに引っ越してきてからはあまり読まないの?」
「ま、まあそんなところかな……あははは」
蒼太はぎこちなく笑顔を作り、笑う。
「ところで莉乃はなんでラブコメが好きなの?」
「ラブコメっていうか、恋愛物が好きなのよ。現実とは違って物語に出てくる男の子はみんな優しいわ。それに読んでてドキドキするから好きよ!」
「なんとなくわかる気がするよ。どんなシーンが一番ドキドキしたんだ?」
「そうね……」
今まで読んでいてドキドキしたシーンを思い浮かべて、その中の一番を探す。
私は蒼太の首の後ろで両手を組み、蒼太の顔をじっと見つめる。
「一番ドキドキしたのは、こうやって抱き着いてる状態で……」
私はそのまま、蒼太の顔に自分の顔を近付けて唇と唇と軽く触れ合わせる。
ちゅ
私は顔を離して、蒼太の顔を見る。
蒼太は目を大きく開いて、口を開けていた。
「こんな感じでキスしたシーン……」
心臓が鼓動し、顔が沸騰したように熱くなる。
「そ、そっか……。それはドキドキするね」
蒼太は顔を赤くさせ、私から目を逸らした。
そんな様子を見ると、またドクンと心臓が強く鼓動する。
「じゃあ今、私にキスされた時もドキドキした?」
「う、うん。ドキドキしたよ」
「ふふっ、じゃあ一緒ね。私もドキドキしてるわ」
私は蒼太君の首から手を離し、蒼太君の手を握る。
「ねぇ、蒼太」
「何?」
「私、蒼太君の前なら少しだけ素直になれそう……」
「なんで俺の前だけ?」
「それは……」
私は蒼太の手を強く握り、蒼太の目を真っ直ぐ見る。
私を受け入れてくれた蒼太だったら自分の気持ちを素直に伝えられる。
「私、蒼太の事が好きだから」
「えっ!?」
蒼太は私の言葉を聞いて、目をぱちぱちとする。
「蒼太は私の事そう思ってるの?」
蒼太はしばらく沈黙し、私の目を見つめてくる。
「俺も好きだよ」
その言葉を聞いて、また心臓が激しく鼓動し始めて全身の血が沸騰したかのように熱くなる。
「じゃあ、次は蒼太からキスして?」
好きだと言ってもらえて嬉しくなり、ついつい蒼太君に甘えてしまう。
「う、うん」
蒼太は戸惑いながらも、自分の唇を私の唇に重ねた。
「ふふっ、嬉しい」
そう言って、私は今までの人生で一番の笑顔を作った。
◇
夕日が出て来たので蒼太を送っていき、自分の部屋に戻ってくる。
私は寝室にあるベッドに腰かけ、枕元に置いてあった二つのぬいぐるみを手に取る。
その二つのぬいぐるみは蒼太にクレーンゲームで取ってもらったぬいぐるみだ。
「蒼太……」
私は好きな人の名前を呟き、二つのぬいぐるみに軽く口づけをして強く抱きしめる。
「まだ別れたばかりなのに、もう会いたくなってきたわね」
今まで理想だった……いや、恋をしていたと言っても過言ではない恋愛漫画に出てくるキャラクターはもうすっかり私の頭から抜けていた。
「やっと見つけたわ……、私の未来の旦那様」
思い出すのは蒼太の事ばかり。
やはりあのような男の子はこの世には一人しかいない。
女の本能が絶対に蒼太を手に入れろと言っている。
「今日、蒼太を追いかけていた二人の女の子もきっと蒼太の事好きなのよね」
ふとあの二人の事を思い出す。
遠くから見ただけだが、二人ともすごく綺麗な人だった。
それにあの赤いリボンには見覚えがある。
「あの赤いリボンを付けてた女の子はたぶん茜……」
神楽坂茜、私と同じ四大財閥で幼馴染の女の子。
綺麗で明るくて、私と違ってみんなから愛される良い子。
それに比べて私は強気で、ついつい虚勢を張ってしまう。
きっと周りからは気難しいと思われているのだろう。
私は蒼太君に愛され続ける女になれるのだろうか。
ぬいぐるみの顔を真っ直ぐ見つめる。
「蒼太に何人妻がいてもいい。でも一番だけは絶対に譲れないわ。たとえ権力を持った私と同じ、四大財閥の人間でもね」
私の目が深い闇に染まっていった。
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