第22話 茜のトラウマ

「蒼太君。その話、私にも聞かせて?」


 茜はハイライトが消えた目で俺を見る。

 茜の目を見ていると背筋がゾッとして、冷や汗が出てくる。


「い、いや~そんなこと言ったっけ?」


「私にも聞かせて?」


 怖すぎる、今の茜にキスされた話をしたらどうなるかわからない。

 よし、話題を変えよう。


「それより昨日のテレビ見た?」


「蒼太君、聞かせて?」


 ダメだ!キスされた話をするまで逃げられそうにない。


「……」


 俺はどうやって誤魔化そうか悩んでいると茜は竜也の方を向いた。


「西園寺君、蒼太君と何の話してたの?」


「ひっ……」


 茜の様子に竜也は完全に怯えていた。


「ねぇ、キスされたってどういう事?」


「お、俺は」


 このままだと竜也に全部ばらされそうだったので俺は二人の間に割り込んだ。


「りゅ、竜也!俺達はそんな大した話はしてないよな?」


「……」


 何も答えない竜也にしびれを切らした茜はゆっくりと口を開く。


「ふ~ん、教えてくれないんだ……。『お兄ちゃんが結愛ゆあに会いたがってた』って妹に伝えちゃうよ?いいの?」


「そ、それだけはやめてくれ……」


 茜の言葉を聞いて、竜也が真っ青な顔でブルブルと震え出す。


「だったら教えて?蒼太君と何話してたの?」


「そ、それは……」


「竜也!やめろ!」


 俺は竜也の肩を揺らして、正気に戻そうとする。


「そ、蒼太が昨日頬にキスされたらしい……。その話をしてたんだ……」


「おい!お前裏切ったな!」


 竜也の胸倉を掴んで声を張り上げる。


「うるせえ!お前の問題に俺を巻き込むんじゃねえ!」


「それでも友達かよ!」


「俺の妹がどんな奴か知らないからお前はそんな事言えるんだよ!」


 俺と竜也はお互いに激しい怒声を上げる。


「二人とも黙って」


「「はい」」


 茜の言葉を聞いて、俺達は同時に体が固まってしまう。


「蒼太君はキスされたの?」


 どどど、どうすればいいんだ!

 何とか誤魔化さなければ……。


「い、いや~昨日そういう夢を見たんだよ!」


「夢?」


「そう!夢だよ!夢の中で頬にキスされちゃってさ~、俺もいつかキスされる時が来るのかな~って話をしてたんだよ」


「は?そんな話してないだろ……、お前が大人になったとかなんとか――」


 竜也が途中で割り込んできた。


「うるせえ!お前は黙ってろ!」


「ふ~ん、夢ね…‥」


 茜は俺の目をじっと見つめてくる。


「誰に?」


「え?」


「夢の中で誰にキスされたの?」


 岬姉ちゃんです。

 ダメだ!そんな事言ったら殺される!


「ゆ、夢だからよく覚えてないんだよね~。それに相手の顔に靄がかかってて誰かわかんなかったんだ!でもどうせキスされるなら茜みたいな可愛い子にされたいな~」


「へっ?」


 茜の顔が一気に赤くなり、目の色が戻った。


「ほ、本当?蒼太君がそう言うなら私はいつでもしてあげたのに……」


 急に上目づかいで俺を見ながら、もじもじし始める。


「蒼太君……」


 茜は俺に顔を寄せてくる。


「ちょ、ちょっと待って!でもそういうのって雰囲気が大事でしょ?だからまた今度してもらおうかな~、あははは……」


「そそそそうだよね!ご、ごめんね!」


「「……」」


 お互い顔が赤くなり、目を逸らす。


「「あの……」」


 沈黙に耐え切れず、話しかけたが茜とタイミングが被ってしまった。


「そ、蒼太君から言って!」


「う、うん……。さっき竜也に妹がどうとか言ってたけど、知り合いなの?」


「結愛ちゃんの事?うん、知ってるよ!だって幼馴染だもん!」


「へぇ~、そうなんだ!じゃあ竜也も茜の事、昔から知ってたの?」


「ああ、社交界で他の四大財閥の人間と会う事が多いな。とは言っても俺はほとんど話したことないけどな」


 社交界なんてあるのか……。

 さすが日本を牛耳ってる財閥の子だな、俺とはスケールが違う。


「西園寺君は四大財閥の子供の中で、唯一男の子だったからすごく人気者だったんだよ!毎年お見合いの申し込みがいっぱい届いてたんだって!」


「そのせいで俺は毎日お見合いをさせられて……うわぁぁぁぁ!!」


 竜也が頭を抱えて叫び出した。

 よっぽどお見合いが嫌だったのだろう。


「じゃあ茜も竜也とお見合いした事あるのか?」


「西園寺君とはお見合いどころ今初めて喋ったくらいだよ。でも私も何度かお見合いしたんだよね。その時に男の子に冷たくされて……、それがきっかけで蒼太君以外の男の子は苦手になっちゃった……」


 茜はそう言ってぎこちなく笑う。

 きっと茜も嫌な思いをしたのだろう。


「そうなんだね……」


「少し話すくらいなら全然平気なんだけど、男の子に近づいたり触ったりするのが苦手なんだ~」


 俺の手に茜が自分の手を上から重ねる。


「だから私がこんな風に蒼太君に触れられるのは奇跡なんだよ?」


「でもどうして俺は平気なの?」


「えっ?そ、それは……」


 茜の頬が赤くなり、目をぱちぱちさせる。


「蒼太君の事が……。ううん、ダメ。これも雰囲気が大事だからまた今度言うね!」


「えー!気になるな~」


「ふふっ、さっきのお返し!」


 茜は楽しそうに笑った。

 やっぱり茜は可愛いし、一緒にいると楽しいな。


「そういえばさっき茜が言おうとしてた事って何?」


「あ~、そうだった!」


 茜は思い出したように拳で手のひらをポンと叩く。


「蒼太君の事をお母さんに話したんだ!そしたらお母さんが蒼太君に会ってみたいって言ってたよ!」


「茜のお母さんにそう言ってもらえて嬉しいな~」


「じゃあ今度紹介したいから、家に遊びに来ない?」

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