第16話 男の防衛本能と新しい出会い
「あ、そういえば今日聞きたいことがあったんだ!ねぇ、蒼太君と一緒に登校している綺麗な人は誰?」
「ブーーーー!!ごほっ……ごほっ!」
茜の言葉に俺は思わず飲んでいた水を噴き出した。
「だ、大丈夫!?」
茜は立ち上がって自分の黄色のハンカチを取り出して、俺に渡してくれる。
「あ、ありがとう……」
ハンカチを受け取り、口の周りを軽く拭いた。
ハンカチをよく見ると、隅の方に小さな向日葵が描かれていた。
「ごめん、このハンカチ洗って返すよ」
「えっ!?全然いいよ。気にしないで」
「でもハンカチで口拭いちゃったよ?」
「うん!分かってる。むしろそっちの方がいいから!」
茜はそう言うと俺が持っていたハンカチを取り、ポケットに入れた。
「今日晴れてよかったね」
俺はガラス越しに見える街を見ながら言う。
「蒼太君。一緒に登校してる綺麗な女の人は誰?それに朝、学校でその人からお弁当受け取ってたし」
うん、やっぱり逃がしてくれなったね。
それにばっちり岬姉ちゃんからお弁当もらってることもバレてるわ。
「でもこの前、お弁当はお母さんに作ってもらってるって言ってたよね?」
「へ?い、いや……まぁ……」
俺はなんて答えたらいいか分からず、しどろもどろになる。
「さすがにお母さんじゃないよね?制服着てたし」
どうしたらいいんだ……。
もし岬姉ちゃんと茜、両方いい感じだとバレたら浮気だと思われ……。
ん?そうだ!よく考えたらここは貞操逆転世界で、一夫多妻制の国じゃないか!
だったら浮気なんて言葉もないはず、普通に正直に答えたらいいんだ!
「ああ~あの子は今――」
「まさか、彼女とかじゃないよね?」
岬姉ちゃんの事を話そうとした瞬間、茜の目のハイライトが消え、無表情になる。
それを見て、背筋がゾッとして冷や汗が出てくる。
俺の本能が危険信号を出している。
根拠はないけど今、岬姉ちゃんの事を言ったら俺は殺される!
何か別の言い訳を考えなければ……。
「あ、あの子は俺のお姉ちゃんだよ!」
「え?」
「か、母さんが男の一人暮らしは心配だからお姉ちゃんと一緒に住みなさいって言われてさ~」
よし!これなら嘘は言ってないぞ、嘘は。
「お姉ちゃんだったら好きになったりしないよね」
「そうそう!あの子とは
「姉弟みたいなもの?」
茜の目がさらに濃い闇に染まっていく。
「ひっ……。きょ、姉弟だから好きになんてならないよ」
はい、怖くて嘘付いてしまいました。すいません。
まるで人形に命が宿ったかのように、茜の目の色が戻り、笑顔に戻る。
その様子を見て、俺は胸をなでおろす。
「て、ていうか何でそんな事知ってるの?」
「偶然見たんだよね!遠くからしか見えなかったけど足が長くて、綺麗な人だっていうのは分かった」
「そ、そうなんだね……」
「あんな綺麗なお姉さんいるんだね!今度私にも紹介して欲しいな~」
紹介なんてしたら、岬姉ちゃんには四大財閥の人間と関わってるのがバレるし、茜には本当の姉弟じゃないとバレる。
これから上手く立ち回らなければ。
その後に出てきたオムライスを茜は、目を輝かせながら食べて美味しいと言ってたが、俺は疲れでそのオムライスを食べても全く味が分からなかった。
◇
俺達はオムライスを食べてカフェを出る。
この世界では女性が奢るのが当たり前みたいだ。
茜が見たこともない黒色のカードでお会計しようとしていたが、カードが使えない店だったので今回は俺が出した。
「お金出してもらっちゃってごめんね。お返しに今度何でも好きなもの奢るね!」
「う、うん。気にしないで……」
茜なら家でも車でも二つ返事で買ってくれそうだから下手な事言えないな。
「今日は楽しかった!また行こうね、蒼太君!」
「うん!俺も楽しかった!」
「一人で大丈夫?送ってくよ?」
「いや、大丈夫だよ。家近いし」
「そう?じゃあ、また学校でね」
「うん、またね」
そう言って俺達は別々の方向に向かって歩き出す。
楽しかったけど正直めちゃくちゃ疲れた……。
まあ自業自得なんだけど。
それにアプリでは女性を楽しませろとか書いてあったけど、全然ダメだったな。
「茜には楽しかったって言われたけど、楽しませた感はないな」
俺は肩を落として、とぼとぼと歩く。
「ん?こんな所にゲーセンなんてあるのか。気分転換にちょっと寄ってみようかな」
ゲーセンの中に入ると、ゲームや機械の騒がしい音が耳に入ってくる。
コインゲームやUFOキャッチャー、格ゲーなどゲームの種類が豊富だ。
一通り見て回ろうかと店内を歩く。
「ちょっと、何よこれ!全然取れないじゃないの!」
UFOキャッチャーの前で声を荒げている女性がいた。
「もう!やめた!」
その女性は諦めたようにふんっと鼻を鳴らし、俺の方を向いて歩いてくる。
その女性を見て俺は思わず見惚れてしまう。
その女性は俺と同い年くらいで、艶のある長い黒髪を揺らす。
凛とした大きな目にぷっくりとした唇で、服の上からでも分かる豊かな胸に細い体。
全女性が憧れるほどの魅力的な女性だ。
その女性とすれ違い、俺は女性が先ほどまで立っていたUFOキャッチャーの前に行く。
「なるほど、これを取りたかったのか」
UFOキャッチャーの中に青色の可愛らしい猫のぬいぐるみが傾いて置かれていた。
「これならあとちょっとで取れそうだな」
俺は100円入れて、アームを操作する。
「あっ、一発で取れた」
上手くアームに引っかかりぬいぐるみが取り出し口に落ちて来た。
取り出し口から猫のぬいぐるみを取り出す。
「このぬいぐるみどうしよう……」
俺はそのぬいぐるみを見ながら頭をひねる。
「あーーーーーーっ!私が取ろうと思ってたのに!」
「え?」
後ろから聞こえた大きな声に体がビクッと反応し、振り返る。
さっきの女の子がこっちに向かって歩いてくる。
「ちょっと!横取りしないでよ!」
「別に横取りしたわけじゃないけど……、それに一回ここから離れたんだから別にいいだろ?」
「お金を両替しに行っただけよ!私が先に目を付けてたのに!」
綺麗な目で俺を睨んでくる。
「そんなに欲しいならあげるよ」
「それはダメよ!私と勝負しなさい!勝ったらそのぬいぐるみを貰うわ!」
女の子はその大きな胸を張り、真っ直ぐ俺に指を指しながらそう言った。
ああ、めんどくさい事になったな……。
それを聞いて、俺は大きなため息をついた。
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