第14話 10分で通知がいっぱい

岬姉ちゃんが作ってくれた夕食を食べ、自分の部屋に入る。


いつも使っているベッドに倒れこみ、天井を見つめる。


『西井君は気になっていた人かな……かな?』


『さっきまではね。でも今は違うよ』


茜に言われたことを思い出す。


「はぁ~、何がいけなかったのかな……。でもいい雰囲気だと思ったんだけどな」


気になっていた人、という事はつまり今は気になっていないという事だ。


意味が分からない……。ハグした後に俺の事を何とも思わなくなったって事か!?

やっぱり女心はさっぱりわからん。


「お前の言う通りにしたけど、ダメだったよ」


俺はスマホを開き、アプリを開く。


『今日のアドバイス。もし女性に抱き着かれたら君はどうする?拒否だけはしてはいけないぞ!君が好きな人にハグしてその人に拒否されたらどう思う?悲しいだろう!そんな思いを女性にさせてしまう男は最低だ!そう、君の事だ!今すぐその子を抱きしめてやれ!モテる男とはすなわち女性を幸せにしてあげられる男の事を言うのだ。あと女性を特別扱いしたのはナイスだ!これからも気になった女性に【君は特別だ】と伝えよう!』


茜に抱き着かれて反射的に体が固まってしまった時に通知が来て、アプリにこれが表示された。


このアプリは一体何なのだろう……。

明らかに俺だけに向けて言ってるよな?

偶然にしては状況にドンピシャすぎるアドバイスだ。


「まあいいや、どうせ考えてもわからないし」


ピコンッ


するとスマホの通知が鳴った。


「ん?誰だろう?」


そこには神楽坂茜という文字が表示されてた。


「茜から?」


俺はチャットアプリを開く。


『蒼太君!今日は一緒にお昼ご飯食べてくれてありがとう!また一緒にご飯食べようね!』


茜から犬がお礼をしているスタンプと一緒にチャットが送られてきた。


『俺の方こそ色々話せて楽しかった!また一緒にご飯食べよう!』


お返しにチャット送るとすぐに返信が来た。


『やったぁ!約束ね!』


『うん、約束する』


『楽しみすぎて、また蒼太君に会いたくなってきちゃった!』


会いたくなってきた?これって脈ありなんじゃね?

だって普通好きな男以外にこんな事言わなくないか?

でも貞操逆転世界だから別にあり得るのかも……。


もうマジで女って生き物はわからん。


『よかったら今週末、一緒にご飯行きたいな……』


こ、これはまさか!デートのお誘いか!?


どうやって返信しようと悩んでいると部屋のドアがノックされ、コンコンと乾いた音が部屋の中に響いた。


「失礼します、少しお話してもいいですか?」


俺は慌ててスマホの通知を切って、裏向きにして枕の下に入れる。

あれ?なんで咄嗟にスマホを隠したんだろう。


たった今、自分が取った行動に何故か少し疑問に思った。


「う、うん。いいよ」


すると髪を下ろし、ネグリジェを着た岬姉ちゃんが部屋に入って来た。


「ん?蒼太君どうかしましたか?そんなに慌てて」


「え?いや何でもないよ!」


「なんか怪しいですね。まさか他の女と連絡取ってたんじゃ……」


岬姉ちゃんの目のハイライトが消え、周囲の温度が少し下がったような錯覚に陥る。


す、するどい!何で分かるんだよ!これが女の感ってやつか。


「そ、そんなわけないだろ!?まだ転校して2日目だし」


「そうですよね。少し考えすぎました」


そういうと岬姉ちゃんは俺の近くまで来た。


「隣、座ってもいいですか?」


「え?ど、どうぞ」


岬姉ちゃんは俺の隣に座り、体をくっつけて来た。


「ど、どうしたの急に……」


岬姉ちゃんの良い匂いと柔らかい体の感触に俺の心臓が激しく鼓動し始める。


「昨日言ったじゃないですか、もっと甘えて欲しいって。だからこうやって甘えに来たんですよ」


そう言って岬姉ちゃんは俺の肩に顔を乗せる。


「そ、そっか、甘えてくれて嬉しいよ」


俺は戸惑いながらもアプリで学んだ通り、岬姉ちゃんの肩に左手を回す。


「これ大好きです。蒼太君に守ってもらっているみたいで、なんだか安心します」


岬姉ちゃんは体で押すようにして、先ほどより俺の方に寄って来た。


「あはは、俺には岬姉ちゃんを守れないよ。岬姉ちゃんの方が俺より強いし」


「そういう事言わないで下さい!次からは守ってあげませんよ?」


「ごめんごめん」


左手で岬姉ちゃんの頭を優しく撫でる。


「蒼太君は私の事をどう思っていますか?」


「えっ?ど、どう思うって……」


「私は正直わかりません。今、蒼太君の男性ボディーガードとしての自分と、蒼太君の幼馴染としての自分があります」


俺が返答に迷っていると岬姉ちゃんが話し始めた。


「幼馴染の自分はもっと蒼太君と仲良くなりたいと思っています。しかし男性ボディーガードとしての自分は守る対象にこれ以上距離を縮めてはいけないと思っています」


岬姉ちゃんの体が小さく震えているのが俺の手から伝わってくる。


「岬姉ちゃん……」


「私は男性ボディーガードの修行の一環として蒼太君と一緒に住むことになりました。でも蒼太君に対する思いが強くなるたびに男性ボディーガードらしからぬ行動をとってしまいます」


岬姉ちゃんは俺の方に顔を向ける。

息がかかりそうなほど顔が近い。


「今だってそうです。護衛対象に体をくっつけるなんて絶対に禁止です。でも蒼太君は許してくれる、それが分かっているからついつい甘えてしまう。私はどうすればいいのでしょうか?」


岬姉ちゃんは真っ直ぐ俺を見る。


「幼馴染と男性ボディーガードを分ける必要ないんじゃないか?俺は岬姉ちゃんに甘えられるのも嬉しいし、守ってもらえるのも嬉しいよ」


「し、しかし!男性ボディーガードを目指す者として、そのような事をしていたら他の男性を護衛できなくなってしまいます!」


「じゃあ一生俺の男性ボディーガードやってよ。だったら別に甘えてもいいでしょ?」


俺の言葉を聞いて岬姉ちゃんは目を丸くし、固まってしまった。


やばっ!調子に乗りすぎた!

岬姉ちゃんは男性ボディーガードになるのが夢なんだ、俺を護衛しているのは修行であって通過点だ。

岬姉ちゃんの夢を壊すわけにはいかない。


「じょ、冗談だよ、それじゃあ修行にならないよね……。俺も考えを改め――」


「どうして気が付かなかったのでしょう……。そうだ、私が一生蒼太君の男性ボディーガードをすれば、男性に対する免疫も必要ないし、蒼太君に甘えながら守ることができる」


「へ?」


岬姉ちゃんはすばやく立ち上がり、俺の方を見る。


「蒼太君、話を聞いてくれてありがとうございました。私はたった今、本当にやりたかった事に気が付きました。私は急いでやらなければいけない事ができたので、失礼します。おやすみなさい」


岬姉ちゃんは矢継ぎ早に話し、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「な、なんだったんだ今のは……。まあいいや」


枕の下にあったスマホを取り出し、スマホを開く。


「え?通知50件?」


チャットアプリの上に50の数字が表示されていた。


「全部、茜からだ……」


俺は茜とのチャットをスクロールし、遡っていく。


『やっぱり今週末会えないの?』


『無理言ってごめんなさい』


『嫌いにならないで』


『私、絶対に諦めないから』


『返事して、お願い……』


このようなチャットが50回ほど送られてきていた。


怖っ!!

10分スマホから目を離していただけでこの量……。

早く返信しないと!


『大丈夫!空いてるよ!ご飯食べに行こう』


俺は急いでチャットすると一瞬で既読が付いた。


『あ!よかった!私の事嫌いになったのかと思っちゃった!じゃあ今週末に駅で待ち合わせね!』


茜から普通の返信が来たので俺はほっと胸をなでおろす。


「さっきのはなんだったんだ……」



茜との関係はもう後戻りできないところまで来ている……。

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