第13話 何としてでも手に入れる side神楽坂茜

 私が転びそうになった時、後ろから西井君に支えられる。

 胸が高鳴り、少し息苦しくなるが何故か心地いい。


 私は無意識に西井君の手を触ってしまう。


「西井君って、どうしてそんなに私に優しくするの?」


 顔を後ろに向け、西井君の目を見ながら聞いてみる。


「それとも誰にでもこういう事してるの?」


「それは違うよ」


「じゃあどうして私に優しいの?」


「え?そ、それは……」


 西井君が私から目を逸らし、困惑している。

 困っている西井君もかっこいい……。


「それは?」


「それは、神楽坂さんの事が気になっているからだと思う」


 西井君の言葉に心臓がドクンと強く脈打ち、脈は速くなり、顔に熱を感じる。

 どうしちゃったんだろ……私……。


「どうして私の事気になったの?」


「ど、どうしてって……。神楽坂さんは可愛いし、優しいし……それに」


「うん……」


 西井君の手を私は強く握りしめる。


「一緒にいて楽しい」


 ああ……私はなんて幸せなのだろう。

 こんな素敵でかっこいい男の子にこんな事を言ってもらえるなんて。


 まるで自分が絵本の主人公になったような錯覚に陥る。


「誰にでも言ってるの?」


 私は西井君の気持ちを確かめたくて、ついつい意地悪を言ってしまう。


「そ、それはないよ!」


 西井君はそれを真っ直ぐ目を見て否定してくれた。


「じゃあ私は特別?」


「それは……」


「特別?」


「うん、特別だよ」


 西井君から一度離れ、今度は正面から西井君を抱きしめる。


「嬉しい。そんな事言われたの初めて」


「っ!!」


 抱きしめた瞬間、西井君の体は固まってしまった。


「ご、ごめん。嫌だったよね……」


 私はすぐに西井君から離れる。

 本当はもっと抱き着いていたかった、離れたくなかった、でも西井君には嫌われたくない。


「嫌じゃないよ!でもいきなりだったから少し驚いて……」


「そうだよね、よね」


 私は悲しい気持ちを押し殺し、なんとか笑顔を作る。


 私の顔を見た西井君は、しまったという顔をする。

 その時、西井君のスマホの通知が鳴った。

 西井君はスマホをポケットから取り出して、スマホを見る。


「このままじゃダメだ……」


 西井君は小さな声で呟いてスマホをポケットに入れる。

 そして私の顔を真っ直ぐ見て、両手を広げた。


「心の準備ができたよ。おいで」


 西井君の「おいで」に反応して私は西井君に抱き着く。


「よしよし」


 西井君は私の腰に左手を回し、右手で髪を撫でる。


 西井君は私の気持ちを理解してくれた。だからこうやって頭を撫でてくれたのだろう。

 こんな事ができる男性はこの世界にはどこにもいない、この人だけだ。


 私は先ほどより強く抱きしめる。

 それでも西井君は拒否せず、頭を撫で続けてくれる。


「神楽坂さんは俺の事どう思ってるの?」


「西井君は……かな?」


「気になってた?」


「うん!さっきまではね。でも今は違うよ」


「そ、そうなんだ……」


「うん。また今度私に覚悟ができたら教えてあげるね」


「……、俺がやった事は失敗だったのか?やっぱり女心はわからん……」


 西井君は私に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


「ん?何か言った?」


「な、なんでもないよ」


 西井君は私から離れて、鞄を持つ。


「じゃあそろそろ教室に戻ろう。神楽坂さん」


あかね


「え?」


あかねって呼んで」


「わ、わかったよ……茜」


「うん!教室に戻ろ!蒼太君」


 ◇


 私はその日、いつものように由里に送ってもらい帰宅する。

 玄関の前で一度足を止める。


「どうかなさいましたか?そういえば車の中では一言も話していませんでしたが……」


「由里、今日お母さんはいるの?」


「え?昨日に引き続き今日も家にいるとおっしゃっていましたが……、奥様に用事でもあるのですか?」


「……」


 私はそれだけ聞き、家の中に入る。


「お嬢様!」


 私の様子を不思議に思ったのか、由里が声を上げて私に付いてくる。

 そのままお母さんの部屋に向かい、ドアを開けて中に入る。


「あら?どうしたの茜」


 部屋で何かしらの資料を見ていたお母さんが私に気付き、資料を置いて私の方を見る。


「お嬢様!急にされたのですか?少し様子がおかしいですよ!」


 慌てて後ろから由里が部屋に入ってくる。


「お母さん。私、どうしても欲しい物ができたの」


 お母さんは私の言葉を聞き、目が鋭くなる。


「言ってみなさい」


 私は昨日とは違い、堂々とお母さんに向かって話し出す。


「昨日話した気になっている男の子、蒼太君が好き。今日それを確信した、何としても私は蒼太君が欲しい」


「へぇ……思ったより。その蒼太君は彼女いるの?」


「ううん、まだ彼女は一人もいないみたい」


「だったら彼女の一人になるくらいだったら簡単ね」


「それじゃあダメ」


「えっ?」


 お母さんは呆気にとられた表情を浮かべる。


 そう、それじゃあダメ。複数いる彼女の一人では満足できない。


「蒼太君の彼女は私だけ。他の女はいらない」


「あ、茜!一夫多妻のこの国でそれは無理よ!国は複数の妻を持つことを推奨しているわ!」


「そんなの関係ない。私は蒼太君を独り占めしたい、誰にも渡したくないの」


「お嬢様……」


 由里が私の様子を見て、後ずさる。


「それに必要な事なら何でもする。家の力だって使う。それでも足りなければ私が神楽坂財閥をもっと大きくしてみせる」


「現当主の前でよくそんな事が言えたわね。覚悟はできているのかしら?」


 お母さんはさらに目を鋭くさせ、私を睨みつけてくる。

 私はそれでも逃げず、真っ直ぐお母さんの目を見る。


 お母さんは私から目を逸らして椅子の背もたれに寄りかかり、ふぅと息を吐く。


「そんなにピリピリしなくても大丈夫よ。その程度なら今の家の力でも十分実現できるわ。とりあえず茜はその男の子に好きになってもらうためにアプローチしなさい」


「わかった。具体的にどうすればいいの?」


「私は明日から仕事でまた家を留守にするから、電話で少しづつ教えていくわ」


「お母さん、ありがとうね」


 そう言って私は母の部屋を後にする。


「茜、やっぱり私の娘ね……。いや、素質は私以上だったわね」





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