第11話 side 神楽坂茜
「それでは、出発致します」
「うん、お願いね。由里」
由里は子供の頃から私の面倒を見てくれている使用人だ。
歳は私と親子ほどの年の差がある。
両親は仕事で忙しく、家にいないことが多かったので面倒を見てくれた由里は私のもう一人のお母さんだと思っている
むしろ母に相談できない事も由里なら相談できるほど信頼していた。
「ふふっ」
車の窓から見える建物や桜の木が後ろに通り過ぎていく様子を見ながら、今日転校してきた隣の席の男の子の事を思い浮かべて思わず笑ってしまう。
「お嬢様?どうかされましたか?」
「なんでもない」
「それにしては嬉しそうですね」
「やっぱりわかる?」
私はよくぞ聞いてくれましたとばかりに笑いながら身を乗り出した。
「わかりますよ。何年お嬢様の傍にいたと思っているのですか?それで、何か良い事でもあったのですか?」
「実は今日、私のクラスに男の子が転校してきてね!その男の子が私の隣の席になったの!」
「男性の転校生とはまた珍しいですね……。でもお嬢様は男性に対してあまり良いイメージを持っていなかったのでは?」
私の男性に対する苦手意識は由里だけじゃなく両親も知っている。
だからこそお見合いの話もここ何年かは両親から全く聞かない。
「でもその男の子は他の男の子とは違うの!すごく優しいし、私の手も綺麗だって褒めてくれた!」
西井君に褒められた事を思い出し、無意識に口角が上がる。
「そうですか、女性に優しい男性などドラマや本の中だけの話だと思っていました。もしかしたら、神楽坂家の財力目当てとかでは?と疑ってしまいますが……」
「財産目当てで優しくしてきた男性は今まで何人かいたけど、その男の子はちょっと違うんだよね。私の家の事も知らないみたいだったし。たぶん心の底から女性に優しくできるんじゃないかな?」
「そんな男性がいるなんて信じられませんね……。お嬢様が騙されていなければいいのですが」
「大丈夫だと思う!早くまたお話ししたいな~」
「お嬢様はその転校してきた男の子が好きなのですか?」
「えっ!?」
由里の言葉に頭の中が急に真っ白になる。
「そ、そんなのまだわからないよ……。でも多分このままいけば多分好きになっちゃうと思う……」
「それは喜ばしい事ですね、また今度私にも紹介してくださいね」
「き、気が早いよ、由里……」
「お嬢様、そんな素敵な男性がいつまでも他の女性が放っておくと思いますか?好きになるかもしれないのなら早くアプローチしないとダメですよ」
「そ、そうだけど……なんだか自信ないな」
「あの神楽坂家の長女が何を言ってるのですか!奥様も今の旦那様をありとあらゆる手段を尽くして口説き落とし、お嬢様を産んだのです。お嬢様もそのくらい気持ちで行動してください!」
「でも家の力を使うのはずるいような気がして……」
「では隣の席にいるその男の子が他の女性とイチャイチャしているのを黙って見ているのですか?」
「それは絶対に嫌!」
西井君が他の女と……。
想像しただけで胸の奥にドロドロした感情が渦巻く。
「それでしたら、帰って奥様に相談してみると良いですよ」
「えっ!?今日お母さんが家にいるの?」
「今日のお昼からいらっしゃいますよ」
「そっかぁ~久しぶりに会えるの楽しみだな~」
◇
私は由里と一緒に家に入る。
家の食堂でお茶を飲んでいるお母さんを見つけた。
「ただいま、お母さん!」
「茜、お帰りなさい」
私と同じキャラメルブロンドの長い髪をしたお母さんにハグする。
「半年ぶりね。仕事が忙しくてあまり会えなくてごめんなさい」
「いいの、たまにこうやって会えるのだけでも嬉しいよ」
「ふふっ、私も茜に会えて嬉しいわ。それにしてもまた大きくなったんじゃない?」
「えっ?身長は伸びてないよ?」
「身長じゃなくてここよ、こ・こ」
お母さんが私の胸を人差し指でツンツンしてくる。
「ちょ、ちょっと!お母さんやめてよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。娘の成長が嬉しくて」
「もう!」
私はお母さんを強く抱きしめる。
お母さんは私を抱きしめながら由里の方を見る。
「由里、いつも茜の面倒見てくれてありがとう」
「いえ、私もお嬢様の成長を間近で見られて嬉しいです」
「由里……」
お母さんから離れ、由里にも抱き着く。
それに答えるように由里も私を抱きしめてくれる。
私はこんな良い人たちに育てられて幸せだ。
由里から離れ、お母さんの前に立つ。
「お母さん、実はちょっと気になる男の子ができて……。私、どうすればいいのかな?」
お母さんに恋愛相談をするのは初めてだったので少し恥ずかしくなり、俯きながら言う。
「ふ~ん」
お母さんの目つきが鋭くなり、緊張が走る。
さっきより周りの空気が冷たくなったような気がした。
「茜はその男の子が好きなの?」
「へっ?う、う~ん。まだわからないっていうか、なんというか……」
「そう。ならもう少し様子を見てもいいんじゃないかしら?」
「えっ?」
「っ!奥様!」
お母さんはてっきり今すぐアプロ―チ!みたいな事言うと思っていたので、私と由里は目を見開いて驚いた。
「そ、そうだよね!わかった!じゃあ私は鞄を部屋に置いてくるね」
少しほっとした私は自分の部屋に向かう。
「お、奥様……、本当に様子見をしていてもよろしいのですか?」
「大丈夫よ、由里。茜がその男の子を完全に好きになれば執着するはずよ。それを少し待ちましょう」
「えっ?それに何の意味が……、それにお嬢様が男性に執着するようなタイプには見えませんが……」
「茜は私の子よ。もう少し待てば、間違いなく執着が出てくるわ。そしてその執着こそが神楽坂家の証、茜が本当に私の後を継ぐのに相応しいか見せてもらいましょう」
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