第5話 side 北条岬

 私の名前は北条岬ほうじょうみさき

 実家は代々、日本を代表する【男性ボディーガード】の会社を経営している。


 私は子供の頃から男性ボディーガードになれと母から言われていた。


 男性を守る母の仕事に誇りに思っていたので、母に言われなくても私は男性ボディーガードになっていたと思う。


 そんなある日、母に呼び出された。


「岬、あなたに男性保護の依頼が来てるわ」


「依頼ですか?でも私はまだ正式な男性ボディーガードではありませんよ?」


今はまだ見習いなので、依頼を受けずに一人前の男性ボディーガードになるための訓練をしている。


「依頼人は私の幼馴染だから正式な依頼じゃないわ、それに相手は岬を指名してるのよ」


「……」


 正式な依頼ではないなら、報酬もない。つまりこれは依頼ではなくただのお願いなのでは?

 なぜそんなお金にもならない依頼を母は引き受けたのだろう。


「母の幼馴染は何故、私を指名したのでしょう?」


「一応、私の推薦でもあるのよ。守る男性は、西井蒼太君よ。覚えてるでしょ?」


「っ!!」


 もちろん覚えている。10年前に少しの間だが一緒に遊んでいた一つ下の男の子。

 蒼太君はまだ子供で、母以外で初めて接する女性が私だったみたいだ。


 蒼太君は私にとても懐いてくれていた。

 私が東京に引っ越す時も泣きながら見送ってくれた。


「そう、あなたの蒼太君よ。しかもあなたと同じ私立桜小路学園に通うらしいわ」


 私の人生の中でまともに接してくれた男性は蒼太君だけだ。今まで会った男性には冷たくされるか、無視されるかのどちらだった。


 もしかしたら今の蒼太君は女嫌いになっているのかもしれない。


 私の中で蒼太君の存在は勝手に美化されてた。


「なるほど、学校にいる時に守ればいいのですね?」


「学校では監視が行き届いるから心配ないわ。岬、あなたの依頼内容は蒼太君と一緒に暮らしている間、蒼太君を守ることよ」


「は?」


 私は自分の耳を疑った。

 い、一緒に暮らす?蒼太君と?


「そ、そんなの無理――」


「無理とは言わせないわよ。男性ボディーガードになるなら男性の免疫は必要不可欠。岬はもうすでにある程度免疫はあるけれど、歳が近い本物の男性と触れ合う事でさらに強い免疫を付けることができる。こんなに絶好な修行場所はないわ」


 母の言う事には一理ある。

 男性ボディーガードに必要なのは、私は男性を絶対に襲わないと安心させる事。

 事前に男性と接することで免疫をさらに強くする事ができる。


「なるほど。だから報酬がなくても受けたのですね」


「そうよ、どんな報酬よりも男性と接する機会の方が価値があるわ。私の後を継ぎたいなら一流の男性ボディーガードになりなさい」


 私の中でもう答えは出ている。


「わかりました。その依頼受けさせていただきます」


 ◇


「あ、岬姉ちゃん。それ重いから俺が持つよ」


 蒼太君は私が持っていた段ボールを少し強引に取ってきた。


「蒼太君に重い物を持たせる訳にはいきません」


「男の方が力あるから。それに岬姉ちゃんにはこれからお世話になるし、それぐらいやらせてよ」


 蒼太君は笑顔でそう言った。


「か、かっこいい……」


「ん?なんか言った?」


「い、いえ!なんでもないです!」


 この家に来る前は、昔は懐いてくれた蒼太君も今は女嫌いになって、私に冷たく接してくるのだろうと思っていた。


 しかし、会ってみると女性の私に対して、昔以上に優しく接してくれた。

 それに今の蒼太君はかっこいいし、気遣いができる。

 まるで絵本に出てくる王子様のような素敵な男性になっていた。


「さて、これで最後だな。岬姉ちゃんが手伝ってくれたから思ったより早く荷解き終わったね」


「ではちょっと早いですが、夕食にしますか?具材は買って来ていますので」


「確かにお腹減ったな。岬姉ちゃん作ってくれるの?」


「勿論です。少し時間がかかるので、その間にお風呂入りますか?」


「そうするよ」


 ◇


「そういえば岬姉ちゃんはメイドが好きなの?」


「はい。メイド好きですよ」


「何で好きなの?」


「健気にご主人様に尽くしている姿がかっこいいと思ったからですかね?あと単純にメイド服が好きです」


「そうなんだ」


 そんな当たり障りのない会話をしながら2人で夕食を食べる。


 しばらくすると蒼太君は食べ終わり、箸を置いて両手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 蒼太君は私が作った料理を全て綺麗に食べてくれた。


「すごく美味しかったよ!これがしばらく毎日食べられるなんて幸せだな~。東京に来てよかった!」


 蒼太君の嬉しそうな顔を見て、思わず私も顔がほころぶ。


「お口に合ってよかったです」


 蒼太君の食の好みをお母様から事前に聞いといて良かった。


「岬姉ちゃんは良い嫁さんになりそうだよね。料理も上手いし、家事も完璧にこなすし、何より美人だし!」


「そ、そんな事ないです」


 蒼太君の褒めてもらうと何故か胸がドキッとしてしまう。

 これから一緒に過ごしていくのに私は大丈夫なのだろうか?


 蒼太君は立ち上がり、対面に座っていた私の横に来る。


「?どうしたのですか?」


 すると蒼太君は私の頭に手をポンポンと叩く。


「岬姉ちゃん、美味しいご飯を作ってくれてありがとう。俺もなるべくできる事はやるようにするね」


 私は立ち上がり、蒼太君の顔を見上げる。


「え、どうしたの?」


 蒼太君は困惑した様子で聞いてくる。


 何だか頭がボーっとする。それに体中が熱くて、心臓の音がうるさい。


「わ、私どうなってますか?」


「へ?」


 自分でもどうなっているかわからない。

 とにかく冷静ではないことは確かだ。


 今すぐ蒼太君に抱き着きたい、もっと触れ合いたい。そんな思考で頭がいっぱいになる。


 私は思わず蒼太君に向かって両手を伸ばそうとしたその瞬間、私のスマホの音が鳴る。


「す、すいません。電話がかかってきたみたいです」


 私はポケットからスマホを取り出し、電話に出る。


『もしもし。岬、どう?蒼太君との生活は』


 電話を掛けてきたのは母だった。


「どうって……まだ半日しか経ってませんよ」


『岬の事が少し心配になってね。あなたの親、そして会社の社長として言っておくけど、万が一蒼太君を襲ったらどうなるか分かってるわよね?』


「――っ!!分かってます」


 母の忠告に背筋がゾッとする。


 もし蒼太君を襲ってしまえば、男性ボディーガードにはなれないし、最悪警察沙汰になる。 

 もっと気を引き締めなければ。


『ならいいわ。まあ男性と同棲できる機会なんて滅多にない事よ、楽しみなさい』


 電話が切れ、ツーツー音が聞こえる。


「楽しめないのを分かってるくせに」


 母の嫌味を聞いて、私は魂が抜けるくらい大きなため息を吐く。


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