第2話 女の子に話しかけたら気絶した

 貞操逆転世界。

 貞操概念が逆転し、男性が女性に迫られる側。

 女性は男性に積極的にアプローチするのが当たり前の世界。


 男女比は1:10だ、男の存在はそこまで珍しくない。

 この世界にいる男性は基本的に女性に対して冷たく接するか、出来るだけ関わらないようにするかのどちらかだ。

 前世の記憶を思い出す前の俺も女性に冷たく接してなるべく近寄らないようにしていた。


 俺は朝食を食べた後、自分の部屋に戻ってベッドに座り、状況を整理し考える。


「だったら女性に優しくすればめっちゃモテるんじゃないか?」


 前世では初めてできた彼女に情けないフラれ方をした。

 今回こそ、可愛い女の子とイチャイチャしたい!


「その為には自分から積極的に女性に関わらなければ!しかもこの世界は貞操逆転世界!女性の方が多いんだ!ハーレムを作るのだって夢じゃない!」


 俺は頭の中で複数の女性とあんな事やこんな事をする妄想をする。

 さ、最高だ……。よっしゃ!頑張るぞ!


『1年も一緒にいてそんな事もわからないの?女心をもっと勉強した方が良いわよ』


 その時、前世の彼女に言われた事がフラッシュバックする。


 いくら貞操逆転世界だとしても俺はしっかり女性と付き合えるのか。

 不安な気持ちでいっぱいになる。


 前世の彼女には相手が勝手に好きになってくれて、告白されたので、ただのラッキーパンチだ。別に俺が何かして好きになってもらった訳ではない。


「完全にトラウマになってるな。やっぱり女心について少し調べてみるか」


 俺はスマホを使ってプラウザで『女心』と検索してみる。


「あれ?全く出てこないぞ……」


 まさかの一件もヒットしなかった。

 この世界には『女心』という単語すらないみたいだ。


 試しに『男心』と検索したら山ほどヒットした。


「『男はしつこい女が嫌い!さりげなく気遣い、相手から声を掛けるのを待とう!』か……。ちょっと優しくされたくらいで男が女に声を掛ける訳ないだろ」


 俺は前世の価値観と貞操逆転世界の価値観、両方理解している。

 だったら絶対に女性に声なんか掛けない。


「この手の情報は胡散臭い物ばかりだな。やっぱり女心なんて勉強できるわけないよな~」


 俺は時計をちらりと見る。


「まだ少し時間があるな。アプリゲームのログインボーナスもらうか」


 スマホのホーム画面に戻ると見慣れないアプリがある事に気が付いた。


「ん?こんなアプリ入れてたっけ。【キューピッド】?でも、どこかで聞いたことあるような……あっ」


 そうだ、思い出した!前世の俺が死ぬ前にダウンロードしたアプリだ!

 俺は【キューピッド】をタップすると、紫色の文字が表示される。


『このアプリ一つでを完全網羅!定期的に女性心理についての情報が発信されていくので細かくチェックし、あなたもモテモテになろう!』


「このスマホでは【キューピッド】をダウンロードしてないのに何でこのアプリがあるんだ!?それに女心!?」


 紫色の文字の下に年齢と職業を入力する所があったので、17歳、学生と入力する。

 更にその下に『はじめる』と書いてあるボタンがあったので、そこをタップする。


「一つだけ情報が出てるな。見てみるか」


 ピンク色の背景に『まずは、声を掛けてみよう!』の項目をタップする。


「なになに、『まずは女性に声を掛けてみよう!どんな声の掛け方でもいいぞ!学生ならわざと消しゴムを落として拾ってもらうでもいいし、宿題見せてほしいと言ってもいい。とりあえず接点を作る所から始めてみよう!そして笑顔でお礼を言う。それだけで女性は君に好印象を持たれるはずだ!』か……」


 どうせ何をやっていいかわからないからこのアプリに書いてある通りにやってみるか。


 その後、プラウザで『キューピッド アプリ』と検索してみたが、やはり一件もヒットしなかった。


「何でのアプリがこのスマホに……。まあいいか、そろそろ時間だ。準備するか」


 俺はベッドから立ち上がり、学ランに着替え、リュックを背負う。


「さあ行くか」


 自分の部屋を出て、靴を履く。


「蒼太!気を付けてね。あとなるべく女の子とは目を合わせないようにね」


「わかったよ、母さん。行ってきます」


 俺はドアを開けて外に出る。

 家から学校まで歩いて20分ほどで着くので、そんなに遠くはない。


 途中で制服を着た2人組の女子高生とすれ違う。


「ねぇ、あの男の子めっちゃかっこいいよ!声掛けに行こうよ!」


「ダメだよ!もし、女嫌いが激しい子だったらどうするの?また通報されちゃうよ!」


「でも待ってるだけだと男の子と一生関われないよ!?」


「そ、そうだけど……」


 2人組の女子高生の声が後ろから聞こえてくる。

 本人達は小さい声で話しているつもりみたいだが、丸聞こえだった。


『とりあえず接点を作る所から始めてみよう!そして笑顔でお礼を言う。それだけ女性は君に好印象を持てくれるはずだ!』


 アプリで書いてあった事を思い出す。

 そうだ!まずは接点を作る、笑顔でお礼。


 俺は振り返り、2人組の女子高生を見る。

 2人は困惑したように目をぱちぱちさせる。


「ね、ねぇ!?こっち見たよ!」


「ご、ごめんなさい!ほらあんたが余計な言うから!早く学校行くよ!」


 よし、やるぞ!


「かっこいいって言ってくれてありがとう!嬉しかったよ」


 俺は2人の女子高生の目を見ながら笑顔で言ってみる。


 2人の女子高生は一瞬固まり、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「へ?」


「ほぇ?」


 2人は気の抜けた声を出し、その場で膝から崩れ落ちた。


「え?どういう事?俺の笑顔って倒れるぐらい気持ち悪かったの!?ご、ごめんなさい!」


 俺は焦ってその場から全力で走り去る。


「はぁ……はぁ……。ただ笑顔でお礼言っただけなのに……。俺もうダメかもしれん」


 散々な結果に心が折れそうになる。


「いや、諦めるな!俺は絶対にめちゃくちゃ可愛い美少女ハーレムを作ってやる!」


 俺は【キューピッド】を開いて、情報を復習する。


「消しゴムを落とす、宿題を見せてもらう。よし、学校に行ったらリベンジだ!」


 ◇


「え?宿題?いいでござるよ。全く蒼太はおっちょこちょいでござるなぁ~」


「ほら、消しゴム落としたよ。よかったね。その辺の女に拾われなくて」


 2人の男友達が俺に言う。

 俺は教室の天井を見て、大きく息を吸う。


「俺が通ってるの男子校じゃねぇかよぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 俺が人生の中で一番大声を出した瞬間だった。


 ◇


「あれ私、どうしてこんな所で寝て……、そうだ!あの男の子はどこ!?」


「気が付いたんだね」


「ねぇ!あの男の子はどこ!?」


「私も今さっき目が覚めた所よ。あれから結構時間が経ってるみたい。さっきの男の子はもう近くにはいないと思う」


「そ、そんな……。あんな笑顔で接してくれる男の子は初めてだったのに!」


「うん、あの笑顔をおかずに一生飯食っていけるね」


にも困らないわ」


「……」


「さて、そろそろ学校に行こう。今日は完全に遅刻だね」






――――――――――――――――――――――


キューピッドの情報は基本的にフィクションです。

真似しないでね!

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