第3話 神と悪魔は話が合わないから諦めろ

「責任取ってくれるよね」

 えっ、と鷹志が振り返るとガムの神様と目が合った。責任ってなんですか、と鷹志が恐る恐る聞くとガムの神様は言った。

「君の家に連れて帰って。」

 そのセリフは女の子に言われたかった、と言うのを呑み込んで、無理です、とだけ言った。

「じゃあ、なんだね君、オレは君の吐き捨てたガムと一緒に崖の下で分解されるのを待てというのかね。君、どない神経しとるねん。」

 いやっそんなわけじゃ、とは言いだしたものの、一生そこにいろと思っていた鷹志は二の句を繋げられなかった。

「何より君、わしのこと見えとるやないか。ほかの人には見えないのに何でお前には見えるん?」

 鷹志がわからないと首をかしげるとガムの神様が言った。

「神の思し召しやとは思わんか?」

 鷹志は受け入れられない、と首を小さく振った。でも、怖くて言葉は口から出せなかった。

「決まりやな。」

 ガムの神様が念を押した。思わず「あ、あくま」と鷹志は声に出していた。その時、ようやく鷹志の足が動けるようになった。自転車に跨って足をペダルにかけた。

 ここやろっ、と鷹志が頭を下げると、頭の上をガムの神様の腕が空を切った。狙いを読まれていたことに驚いている白い元靄もともやを背に、鷹志は全力で自転車を漕いだ。これまで漕いだことのないスピードで自転車を漕いだ。腿がはち切れんばかりに漕いだ。田んぼの中の一本道を、猛スピードの自転車が駆けていった。数分の後には、玄関の扉の前に鷹志は立っていた。息を整えてから、玄関の扉を開けるとそこには女性が正座して座っていた。

「あら、鷹志。随分と帰りが遅かったわね。」

 にっこりと笑う神崎亜希子お母さんの目は、優しさとは程遠い真っ黒だった。

「日が暮れる前には帰るって言ってたわよね。もう外は真っ黒よ。あとね、牛乳が切れたから買ってきたって言ったでしょ。なんで買ってこなかったの。」

 いや、言ってないよ、と鷹志が言うと、いいえ、ちゃんと言いました、と亜希子が言った。

「私は心の中でちゃんと言いましたよ。それともいちいち口で言わなきゃわからないのかしら。私があなたに信号を発信したんだから、あなたが受信しなきゃだめじゃない。」

 いや、それって無理じゃない?と鷹志が首をかしげると母の拳が飛んできた。

「親の愛を受け取れないって言うのね。もう知らないわ、あなたなんてもう誰にも愛されないで生きればいいんだわ。その辺で野垂れ死んでしまえばいいんだわ。いつまでそこに立ってるつもりなの?はやく自分の部屋に行きなさい。お母さんの愛を受け取るアンテナは部屋に置き忘れたとか気の利いたこと言ってみなさいよ。」

 いや、それって無理じゃない?と鷹志が首をかしげながら、俺が牛乳が買ってこようか?と、気を利かせて母に訊く。

「結構です。お母さんが部屋に行けと言っているのが聞こえないのかしら。」

 鷹志はその一言を聞いてごめんなさいと言いながら、靴を脱ぐ。正座から立ち上がった亜希子は「牛乳はお父さんに買ってきてもらいますから。」と言って台所のほうへ歩いて行った。お父さん、ごめん、と鷹志は心の中で呟いて二階の自分の部屋に入った。そこにはガムの神様いた。

 思わず「あ、あくま」と鷹志は声に出していた。








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