第41話 かまぼことラリー

 前回の期日から一週間が経った頃、裁判所から書類が届いた。こないだの期日でも聞いていた智子さん側が提出した訴状だ。

 工藤君にも協力してもらって内容を確認してみると、こないだの準備書面での主張とだいたい同じ。公正証書の遺言書が作られた令和2年10月頃には十蔵さんは認知症だったから遺言は無効だ、というもの。特段、目新しい内容は無さそう。らしい。

 裁判所からの指示にしたがって答弁書を作って提出する、という流れは清志さん側の訴状が来たときと同じ。裁判所から送られてきた用紙に前回と同じ内容を書き込んで出来上がり。当時の十蔵さんの状況を知らない以上、そうなるのも仕方ないよね。そんなわけでバンザメ作戦続行で。


 続いて、12月の半ば、今度は武雄さん側の主張の書面が岩渕弁護士から届いた。

 工藤君と一緒に大学のカフェテリアでコーヒーを飲みながら読んでみる。

 内容は智子さん側の主張に対する反論だ。法律論のあれこれは置いておくとすると、主なところとしては、

・十蔵さんは医師から認知症だと診断されたことは一度もない。

・夏にクリスマスの飾りつけをしたことやざるそばにソースをかけて食べたことはあったかもしれないが、認知症のせいではなく、単なる好奇心によるものである。十蔵さんはそういう人だ。

といったところ。

 ざるそばにソースをかけて食べたこと自体は争わないみたいだ。そう言われちゃうと、まあ、十蔵さんならそういうこと思いつきでやりそうだなあ、という気もする。

 おっと、忘れてた。

 新しい話が一つ追加されていて、令和2年の7月初めころに加保茶さんが十蔵さんと麻雀を打ったときには点数の計算とかも問題がなくて呆けてるようには見えなかった、ということらしい。

 と、いうことは、やっぱり遺言書は有効なんだろうか。


 令和4年12月22日。予定されてたように小田原の裁判所に出頭する。裁判の手続きとしては、三条弁護士と岩渕弁護士がそれぞれ訴状と主張の書面を陳述して、反論のある人は反論せよ、と諏訪裁判官から指示があり、次回の期日が1月の終わりくらいに指定されて3分経たずに終了。

 期日で新たに明らかになったことがあるわけでもないので、私と工藤君はいつもの反省会もせずに帰路についた。

 小田原の街はクリスマスの飾りつけがなされていたけれど、まだ明るい時間帯だし、どこかで食事をしていくという感じでもない。

 なんだか物足りないなあ、と思いつつ、前から気になっていた駅前のかまぼこ屋さんに立ち寄る。

 そう、小田原といえばかまぼこ。かまぼこといえば小田原。今まで立ち寄っていなかったことの方が不思議なくらいだ。

 帰りの新幹線で工藤君と食べようと思い、あらかじめ切れているかまぼこを手に取ると、なんとこれが1000円くらいする。周りを見回すと、これが特別に高いわけではなく、2000円以上するかまぼこもそれが当たり前のようなたたずまいで並んでいる。

 普段、スーパーで見かけるかまぼこといえば、だいたいが100円から200円の間で、248円のかまぼこはワンランク上の高いかまぼこというイメージだっただけに、これはなかなかに驚きだ。

 とはいえ、手が届かない値段というわけでもないし、負けてなるものか、えいっ、という感じで買ってみた。

 今までの人生で買ったかまぼこの最高値を更新する切れているかまぼこ。帰りの新幹線で付属のオリーブオイルをかけて食べる。

 ……。

 うはぁっ!なんだこれ!?美味しいっ!

 あんまり驚いたので、変な笑いが出てしまう。

 今まで食べた「かまぼこ」とは別物のような気がする。お刺身や焼き魚、煮魚などのお魚の定番料理のいずれをも上回る豊かな旨味と、柔らかくも滑らかで弾力のある舌触り。

 これが本物のかまぼこなのか、いや、高級かまぼこならではの味なのか。

 戸惑いながら隣を見てみると、私と同じく驚いたような笑っているようなヘンテコな表情の工藤君と目が合った。

 そうだよね。これはすごいよね。


 それから三ヶ月と少し。

 裁判の方は一ヶ月に一回くらいのペースで3回の期日が行われ、その間、弁護士さんたちから主張が出され、反論が出され、その反論が、という感じのラリーが行われた。

 前に、岩渕弁護士が「通常程度で」と言っていたのはこういう感覚だったのか。


主張の内容としては、ざっくりと書くと、


・十蔵さんは令和2年の7月の終わりに新型コロナウイルスに感染して、それから呆けたんだ、ざるそばなどのエピソードは令和2年8月のことだ、


これに対して、


・十蔵さんは令和2年8月上旬には新型コロナウイルス感染症から回復し、後遺症もなかった、呆けてなどいなかった、むしろ、そういった経緯もあって清志さんへの会社の引き継ぎのために公正証書遺言を作ろうとした、合理的な思考が出来ているではないか、


と来たかと思ったら、


・公正証書遺言を作らせたのは清志さんであり、十蔵さんが病気で気弱になっていたタイミングを狙ったものだ、十蔵さんはそのことを後悔していたからこそ自筆の遺言書を作ったのだ、


といった感じ。あとは、


・公正証書の作成には公証人が関与しており、十蔵さんの意思に反した遺言書が作成されるわけもないし、遺言を行う能力にも問題はなかった、


とか、


・公正証書遺言が遺言者の能力を理由にして無効となった判例もある、周囲の者が取り繕った場合、わずかな時間しか接することのない公証人では遺言者の能力の問題に気づかないこともある、


とか。他にもいろいろ。

 いや、正直なところ、こう書いてみても、いまひとつ何を言ってるのかよく分からない。判例、とか言われても、ねえ?

 弁護士さんたちのディベートに割って入るとしたら、すぐに揚げ足を取られてコテンパンにされそうなので、引き続きKBZ作戦を続行する。

 これ、どこまでいくのかなあ。

 


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