第39話 彼がそんなことを言うはずが
「工藤君、私にとってはようやく本題に入ってきたって気がするけど、十蔵さんがどういう人だったのかって、これまでキャラ変し過ぎちゃっててなんだかよく分からなくなってきてるんだよね。」
カフェラテをごくりと飲む。
裁判所一階の待合室はエントランスのすぐ近くにある。用事を終えたらしい人が足早に裁判所から出ていくのが見えた。
「そうだね。ちょっと整理してみようか。まず、清志さんの主張では、大学で学んだ機械工学と、アメリカの飛行機会社で得た経験を活かして額神製薬を躍進させた経営者で、会社の行く末を考えて公正証書の遺言書を残した、ってことだったね。きちんとした性格で飛行機の模型やガンダムのプラモデルのことまで遺言書で定めていた。そんな人が、大雑把な、しかも全財産を武雄さんに相続させる遺言書を書くはずがない、ってことだね。」
そう、清志さんの主張では、プロジェクトなんとかってテレビ番組に出てきそうなスーパー経営者。真面目できちんとした感じの人だ。そういえば、たぬき系の顔だけど目元がキリリとした意思の強そうな写真も証拠の中にあったっけ。
裏付けになる証拠としては、沼倉さんの陳述書があって、器の大きい、気さくだけれど真面目な経営者の姿が浮かび上がる。
「一方、武雄さんの主張では、大学時代は学生運動とギャンブル三昧、家業を弟に押し付けて加保茶さんとアメリカの風俗王を目指すも挫折、行き当たりばったりの末に、縁と幸運のおかげで成功した人だった。いい加減な人だけど、謙虚で、人の意見を聞いて何ごとも話し合うように言っていたらしい。そんな十蔵さんが、何もかもを一方的に決めるような公正証書の遺言書を作ったのは本意ではなく、清志さんに作らされたに過ぎない。自筆の遺言書を書くことで公正証書遺言を無効化し、遺産は相続人間でよく話し合って決めて欲しい、というのが真意のはずだ、ってことだったね。」
武雄さんの主張だと、思いついたことはよく考えずに言ってしまったり、やってしまったりするいきあたりばったりな遊び人。幸運にも会社は成功したけれど、自分の力で成功したわけではないとよく分かっていて、何ごともよく話し合うよう常々言っていたらしい。
裏付けになる証拠としては加保茶さんの陳述書がある。少し危なっかしいような、見てて飽きないような遊び人の姿が浮かび上がる。
十蔵さんは、スーパー経営者だったのか、謙虚で幸運な遊び人だったのか。
「あとは、智子さんの主張があって、十蔵さんの人となりについては武雄さんの主張を概ね認めるけれど、もっといい加減な人だった、具体的な例としては、智子さん自身が十蔵さんと浮気相手の子だ、って話だね。」
十蔵さんの人となりそのものについては、智子さんは武雄さんの主張に一票ということらしい。智子さんの存在自体が証拠だっていうのもなかなかな説得力だ。
「ただ、智子さんの主張はさらに一歩進んで、そういういい加減な人がきちんと封筒に入った遺言書を残すというのがおかしい、というものだったね。公正証書遺言も同様に十蔵さんらしくない、ということになるね。」
手書きの遺言書は内容こそ大雑把だけれど、封筒に入れられてきちんと封もされていた。字も震えてはいるけれど、几帳面に横線と横線の間からはみ出すことなく並んでいる。智子さんの主張するいい加減なキャラからすると、なんだからしくない、ということになるかなあ。
裏付けになる証拠としては、智子さんの話ということになるんだろうなあ。
「うーん、結局、誰の話が正しいんだろう?ねえ、工藤君、これどうやって決めるの?」
「裏付けになる書証をそれぞれ出した上で、最後は尋問手続をやって裁判所が判断する、ってことになってる。」
「なるほど?」
「まあ、要するにドラマみたいに法廷で証人に質問をして、その答えを聞いて裁判所が判断するってことだね。」
「法廷で聞けば、嘘か本当か分かるってこと?」
そこは嘘を見抜くような、裁判官の専門技術というか、職人の技というのがあるのだろうか。
「そうだね、裁判官は、僕ら一般人より嘘をつく人を見慣れているだろうし、話の真偽を判定する能力は高いんじゃないかな。ただ、人間のやることだから、必ずしも嘘か本当か分かるってわけではないとは思うけど。」
「ええと、分からなかった場合はどうなるの?」
「最後は自由心証主義と立証責任、ということで、裁判官が自由に証言を評価して、それでも分からなかったら、ルールでどっちの勝ちにするか決めることになってるね。」
「つまり、最後の最後は、本当のところがどっちかは分からないけど、えいやっと決めちゃえ、ってことなの?」
「あはは、まあ、言ってしまえば、そういうことになるんだろうね。」
うーん。
「ほら、裁判モノのドラマとか見てると、『私はお金が欲しいんじゃありません、真実が知りたいだけなんです!』みたいなセリフが出てくることがあるけど、ああいうのはどうなるの?」
「そう言われても、裁判はあくまで法律で当事者の権利義務の存否を定める手続で、真実をどこまでも調べる手続ではないし、裁判官も人間なんだから限界があるよね。」
「そうかあ……、まあ、そうだよね。私のおじいちゃん、十蔵さんがどんな人かを知りたいってつもりで裁判に参加したけど、最終的に、やっぱり分かんないから裁判所が決めます、ってこともあるんだよね。」
「まあ、そういうことになるね。」
工藤君が、まるで自分のことのように申し訳無さそうな顔をする。
「でも、裁判に参加したから分かったこともたくさんあるし、私、最後まで頑張ってみたいな。」
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