第36話 争点を整理する
証拠書類の原本の確認が終わり、諏訪裁判官が話を進める。
「今回の智子さん側のご主張の中で、公正証書遺言の無効確認を求める別訴の話がありますが、既に訴状は裁判所に提出されています。裁判所としては、本件と併合して審理する予定ですが、この点についてご意見はありますか?」
弁護士さんたちは無反応、工藤君はうんうんとうなずいている。作戦会議のときにも出ていた話?だよね?私もスルーしておこう。
「では、別訴の件については、次回期日以降に本件と併合して審理することとします。」
諏訪裁判官が話を続ける。
「では、公正証書遺言については併合後に議論するとして、自筆証書遺言の有効性についてですが、現時点の争点としては、
・遺言書の要件である遺言者の署名が欠けているのではないか、
・名義人以外の者による偽造ではないか、また、仮に偽造ならば、偽装したのは額神武雄氏か否か、
・遺言作成当時において事理弁識能力に欠けていたために有効に遺言を行えなかったのではないか、
の三点であり、それらに関係する事情として、遺言書の文面や筆跡など、額神十蔵氏の人となり、生前の言動、遺言書作成当時の状況といった事実の主張がある、ということになろうかと考えております。この認識でよろしいですか?」
諏訪裁判官が淀みなく説明する。
このお話で文字になってるのを読んでいる方にこの感じが伝わるか自信がないのだけれど、こういう文章みたいなのをスラスラ話されるのってすごく不思議な感じだ。
高校までの校長先生とか、大学の教授の長いお話って、「あー」とか「えー」とかが入りながら進んでいくから、時間がかかる代わりに、聞いてる側も余裕があったのだけれど、こうスラスラと話を進められるとなんだか不安になってくる。
説明文をさらさらっと一回だけ読んで理解できるかどうか、って感じ。まして、文章じゃないと改行もないわけで。
話す方はもっと大変だと思うんだけど、どうなってるんだろう。事前に台本みたいなのを用意してたりするのだろうか。
諏訪裁判官の説明に三条弁護士が応じる。
「自筆証書遺言の有効性にかかる主張についてはそのとおりです。」
盛山弁護士も岩渕弁護士もうなずいている。それを見て、諏訪裁判官が話を続ける。
「では、次回までの進行についてですが、別訴の訴状に対する答弁は行ってもらうとして、その他にご意見はありますか?」
岩渕弁護士が立ち上がって言う。
「えー、ひとまずは自筆証書遺言の有効性を争う主張がなされている状況ですので、私の方から反論を行います。」
三条弁護士と盛山弁護士は特に異存はないみたいで、黙って諏訪裁判官の様子を見ている。
「先生方は他にはご意見はないようですね。大崎さんも大丈夫ですか?」
「ええと、その、まあ、大丈夫じゃないかと。」
私の不安そうな雰囲気を察知して配慮してくれてるのは分かるけど、急に話を振られると挙動不審な感じになってしまう。
諏訪裁判官は、私のそんな様子を見て、遠慮しているのではないかと考えたのか、さらに話をしてくれる。
「大崎さんについては、次回までの予定としては訴状が送られてきますので、そちらについて、以前のように答弁書を提出してください。自筆証書遺言についての議論は、ひとまずは岩渕先生が反論しますので、大崎さんは主張をしてもしなくても大丈夫です。何かわからない点はありますか?」
「ええと、その、」
諏訪裁判官は丁寧で親切だと思うのだけれど、この話の分量はその場で処理するのは難しいわけで、私がリアクションに困っていると、さらに配慮してくれる。
「何かお気になっていることでも、何でもおっしゃっていただいて結構ですよ。」
何でも、何か気になっていること……。
そういえば、以前、何か気になっていたことがあったような……。
諏訪裁判官は、私が話しやすいように笑顔で私の方を見守っている。どう見ても女優さんです。本当にありがとうございました。
あ、そういえば!
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど、検認のときの書記官の立花さんにはじまって、橋本書記官に諏訪裁判官、キレイな方ばっかりなんですけど、裁判所って、美人じゃないと採用されないとかありますか?」
一瞬、法廷が静寂に包まれる。その一秒後、隣の隣、三条弁護士が大声で笑い出した。
「ふふふふ、ふふっ、ふふふっ、大崎さん、裁判所は、別に諏訪裁判官みたいな人ばっかりじゃないのよ、例えば、私の同期の裁判官なんてゴ……、あ、でも、書記官は美人が多いかもしれないわね。やっぱり顔も考慮して採用してるのかしら?」
三条弁護士が一気に言い切ると、法廷はさらなる静寂に包まれる。
ゴ……?
ふと前を見ると、盛山弁護士が笑いをこらえているのかうつむいてプルプル震えている。
あー、ゴって、ゴリラかも?盛山弁護士って、筋肉質で大きいので、改めて考えてみると、知的なゴリラを連想させるような……。
コホン。
諏訪裁判官が一つ咳払いをして言う。
「大崎さん、私は人事には関わっていませんが、裁判所の採用活動で外見を考慮するという話は聞いたことがないですね。他にありますか?」
おおう、驚くほど真正面からの回答だ。ただ、口調は穏やかだし、口角が上がっているので、怒ってるわけではないようだ。橋本書記官は満面の笑みだけど。
「ええと、大丈夫です。」
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