第35話 三回目の裁判の期日

 三回目の裁判の期日の日が来た。

 私は、今回も工藤君と小田原の裁判所二階の第二号法廷に来ている。

 原告側の席には清志さんの代理人の盛山弁護士、向かい合うように、被告側の席には、智子さんの代理人の三条弁護士、武雄さんの代理人の岩渕弁護士、そして、私が並んで座っている。今日の三条弁護士のスーツは原色系のイエローだ。

 そこからすぐ近くの傍聴席に工藤君、裁判官の席のすぐ下の書記官の席に少し明るい色のふんわりとしたセミロングの書記官さんが座っている。書記官さんの名前は橋本さんというらしい。法廷の外に貼ってある予定表にそう書かれていた。


 ガチャリ。

 法廷の奥の裁判所関係者用の扉が開き、長い黒髪の裁判官が法廷に入ってくる。裁判官の名前は諏訪さんだそう。同じく法廷の外に貼ってある予定表に書かれていた。検認の時の坂口裁判官は自分から名乗っていたけれど、裁判官って、普通は名乗らないものなんだろうか。

 ガタン。

 橋本書記官、弁護士さんたち、私、工藤君が立ち上がる。

 諏訪裁判官が一礼してから着席する。私たちも一礼して座る。

「令和四年、ワ、第百十*号」

 橋本書記官が番号を読み上げる。

 次は、諏訪裁判官が裁判の開廷を宣言する、という流れのはず。

「それでは開廷します。被告鈴木智子さんは期日間に提出した準備書面を陳述しますね。」

「はい、陳述します。」

 三条弁護士が着席したまま応える。

「被告大崎さんは、期日間に準備書面を提出していませんが、前回の期日で確認したように、請求原因の認否については基本的に『不知』、つまり、本件についての事情は知らない、という取り扱いでよろしいですね。」

 確か、そういう話だった。念のために工藤君の方を見ると、うんうんとうなづいている。

「ええと、はい、それでお願いします。」

 諏訪裁判官が盛山弁護士の方へ鼻梁の通った顔を向けて話を続ける。

「それでは、証拠の取り調べを行います。まずは原告から、盛山先生、書証の原本はお持ちですか?」

「はい。」

 盛山弁護士が大きな封筒からクリアファイルに入った書類の束を取り出す。橋本書記官が立ち上がってそれらを受け取り、諏訪裁判官に渡す。

 諏訪裁判官がクリアファイルから書類を取り出して、一つ一つ確認している。書証、という話だったけど、既にコピーを訴状と一緒に送ってもらっているので、この作業がなんのためのものなのかはよく分からない。結構、時間がかかる。

 確認が終わったようで、諏訪裁判官が書類を橋本書記官に渡す。そして、盛山弁護士に返すのかと思いきや、次は三条弁護士に渡す。

 え、これ、全員がやるの?

 三条弁護士は、いくつかの書類を手早く確認すると、すぐに岩渕弁護士に書類を手渡した。さほど時間はかかっていない。諏訪裁判官が丁寧なだけなのだろうか。

 岩渕弁護士も同様に、ささっと目を通して私に書類を渡してくれた。

 ええっと、これを見て、一体、どうしろというのだろう。手元にコピーもあるしなあ……。

 傍聴席の工藤君の方をみて、「読んでみる?」とジェスチャーで聞いてみると、「いや、いい。」とジェスチャーで返してくる。だよね?

 橋本書記官の方に目を向けると、「もうよろしいですか?」と受け取りに来てくれた。そのまま、盛山弁護士の方へ返しに行ってくれる。

「次に、被告額神武雄さんですが、岩渕先生、原本をお願いします。」

「はい、こちらに。」

 橋本書記官が岩渕弁護士から書類の入ったクリアファイルを受け取り、諏訪裁判官に渡す。諏訪裁判官は、クリアファイルから書類を取り出して一つ一つ確認する。なにかの儀式みたいだなあ、と思いながら終わるのを待つ。

 諏訪裁判官の確認が終わると、書類は盛山弁護士のところへ行き、三条弁護士を経由して、それから私のところへ。

 武雄さんが出している一番の証拠書類といえば、今回の発端になった自筆の遺言書だ。

 便箋には横線が入っていて、小さい文字が線と線の間に並んでいる。

 ボールペンの線の太さが一定で、縦棒と横棒が直角に交わる記号のような筆跡だけど、震える手で書いたのか波打っている。

 文面は、

「遺言書

 全財産をたけおに」

というわずか十一文字。

 で、それから、一行空けて日付。

「令和3年3月3日」

 ここまで左詰めで書かれている。

 日付の下には、例の丸に十字の手書きの記号があって、その右に印鑑が押されている。

 手書きの記号を改めて見てみると、丸は左上のところが少し切れている。ここから書きはじめたのだろう。書き始めらしい部分は他の文字と比べてもはっきりと波打っている。

 改めて筆跡を意識して見ると、あれこれと発見があるものだ。なるほどなあ。確かにこの遺言書は原本を見る意味があるのかも。

 ふむふむ、とうなづいていると、橋本書記官がこちらを見ているのに気づいた。

「あ、もう大丈夫です。」

と声をかけると、受け取りに来てくれて、私の隣の岩渕弁護士に書類を返す。あれ?私から直接渡せばよかったかも。お手間取らせてすみません。

 その後、三条弁護士の証拠書類についても同じ手順で回覧する。こちらは特に気になる書類はないので、コピーだけ見れば十分かな。

 思えば、三回目にして、ようやく裁判らしいことをやったような気がしてきた。これまでは、次回の日時を決めるのがメインで五分くらいで終わってたもんなあ。

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