第34話 私は
「ええと、遺留分って、主張したら、もらえるお金が増えるっていうのだよね?」
ふむ、確かそういうのだったはず。
「大まかにいえば、遺言の内容にかかわらず、法定相続分の半分に相当するお金を請求できる権利、ってことだけど、状況的には大崎さんの認識で合ってるってことになると思う。」
私の認識は75点くらいかな?うんうんとうなづいていると、工藤君が話を続ける。
「智子さんの遺留分についての主張は、十蔵さんが残した遺産に少なくとも二十億円以上の価値があるから、仮にいずれかの遺言が有効だと判断された場合には、清志さんか武雄さんのいずれか遺産を相続する人から遺留分として8分の1の2億5000万円をもらえるはずだ、というものだね。」
2億5000万円!!ちょっと、そんな大金を支払えって、えええ?
「え、その、そんな主張できるの?」
「うん、今年の五月には念の為に遺留分の請求をする書面を清志さんと武雄さんの両方に送ったって書いてあるね。書証の中に内容証明郵便の通知書が入ってたよ。訴訟手続としては遺言書の有効無効に関係ない話だから、あくまで関連事実というか事情ってことなるんだろうけど、実体法的には問題ないはずだと思うよ。」
「なるほど?っていうか、細かい法律論は置いておいて、本当に2億5000万円も請求できるの?」
「うん、それはできると思う。遺産の価値が総額でいくらか、っていうことは前提になるけど。」
そういえば、そういう話を以前にも説明してもらっていたんだった。
智子さんの立場と私の立場は確か同じだったはずで、ということは、
「つまり、私も、2億5000万円を請求できるってこと?」
「もちろん。大崎さんも智子さんと同じ遺留分の主張が可能だよ。」
「そっか、そうだよね。」
2億5000万かあ……。
いや、しかし、そんな請求をしてもいいものなんだろうか。
十蔵さんの財産は小田原で代々受け継がれてきた額神製薬の事業によって作られたものだ。不動産なんかも先祖伝来のものかもしれない。
私は、十蔵さんの孫だという。血がつながっている、という意味ではそうだろう。自分では分からないけれど、似ているという話でもある。
しかし、一度も十蔵さんに会ったことがなくて、検認のために初めて小田原に行ったような私が、法律でそうなっているからといって、ぬこ神家の財産をそんなにもらっていいものなんだろうか。
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小田原の人なら当然に知ってるだろうことはたくさんあるけれど、私は、小田原に行くたびに新しい発見があったりする。どうみても、私は小田原の人ではない。
それに、気づくと「額神」じゃなくて「ぬこ神」と言ってしまったりしている。
うーん。
「大崎さん、どうしたの?難しい顔して。」
「ねえ、工藤君、私、遺留分の主張をしてしまってもいいものなのかな?」
「うん、十蔵さんが亡くなったことを知ったのは今年の初めだったよね。何の問題もなく主張できると思うよ。」
「いや、そういうことじゃなくて、その、私って額神家の人間っていえるのかな?」
「ああ、そういうことを考えていたんだね。そういう意味なら、確かに、大崎さんは額神家の人間とは言いづらいかもね。」
「だよねえ。」
「でも、家督相続をしていた家制度の時代なら、そういう発想もあるのかもしれないけど、今は個人の権利の時代だから、そんなに気にしなくていいんじゃないかな。」
「ふむう……。工藤君が私の立場だったら、そういうの気にしない?」
「うん、法律上の権利だってこともあるけど、それを抜きにしても、単なる順番の話のような気もするし。それに……、」
「順番?」
「今回の件って、たまたま大崎さんのお母さんが十蔵さんより先に亡くなっていたから、大崎さんが直接に十蔵さんの相続人になってるだけだよね。」
「なるほど?」
「普通なら、十蔵さんの遺産を大崎さんのお母さんが相続して、それから、その遺産を大崎さんが相続する、って流れになるよね?」
「ふむ?」
「大崎さんのお母さんは、小田原の人だし、額神家の人だから、普通に遺留分だって主張しておかしくない。それを子である大崎さんが相続する、何もおかしくないよね?」
「そう言われてみると、そうかもなあ。おかしくない気がしてきたよ。」
で、いいのかなあ。
「まだ気になってるみたいだね。相続って自分で稼いだお金というわけではないし、受け取っても、受け取らなくても、最終的には、大崎さんが納得する形になればそれでいいんじゃないかな。ただ、遺留分の主張は時間制限があるし、後で和解して金額を下げるって選択肢もあるし、とりあえず主張しておくっていうのもありだと思うよ。」
「そっか、最終的な結論はあとで話し合いで決めたらいいのか。うん、そうだね。とりあえず主張してみることにするかなあ。」
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