第33話 智子さんの主張

 11月10日。裁判の書面の提出の締切の日、智子さんの代理人、三条弁護士からレターパックが届いた。

 私は書面を提出してもしなくてもいいということだったので、とりあえず書面を出していない。というか気づいたら締切が来ていた。KBZ作戦からすれば、まあ、それでいいはず、だよね?

 今回も大学のカフェテリアに工藤君を呼び出して相談することにした。


「と、いうわけで、第4回作戦会議を始めよう!工藤君、よろしく。」

「ええっと、了解であります!大崎閣下!」

 工藤君は、もういちいちツッコミを入れるのが面倒になってしまったのかもしれない。

「うむ、よろしい!では、さっそくこちらを読んでみてくれたまえ!」

 どさり。

 今回の三条弁護士の書面は再び「どさり」という分量だ。こないだの盛山弁護士の書類が合計6枚だったから油断してた。

 私としてはこんな量を読んできちんと内容を把握できる自信はないし、さらにそれを使って議論するなんて考えたくもない。そんなわけで、名探偵工藤えもんにおまかせしたい。

「ふむふむ、ああ、そうくるのか。」

 工藤君は感想をつぶやきながら書類を読み進めていく。テーブルの上には今回も二人分のコーヒーとチーズケーキ。チーズケーキは一緒に食べながらおしゃべりをするつもりなので、工藤君に合わせてコーヒーにだけ口をつける。

 慣れるとブラックでも飲めないことはないかも。こないだほどには苦く感じない。ただ、まあ、こだわる必要もないので、やっぱりミルクとお砂糖を入れる。

「工藤君、どう?智子さんは清志さんと武雄さんのどっちにつくの?」

「今の訴訟の話だけでいうと自筆証書遺言の無効を主張しているから、清志さん側なんだけど、清志さんの味方になるわけではなくて、正確にいうと、どっちでもない、っていうことになるのだろうね。」

「えええっ?どういうこと?工藤えもん、説明してよお……。」

「そうだね、こないだみたいな色分けをしても分かりづらいし、僕なりの解釈で説明するね。」


 工藤君が説明したところによると、三条弁護士擁する智子さんの主張はだいたいこんな感じ。

 まず、武雄さんが持ってきた手書きの遺言書は、誰かが筆跡を真似て書いたもので無効だ、ということらしい。

 それから、遺言書の要件がどうのこうのという法律論のほか、目新しい主張として、もし仮に十蔵さんが遺言書を書いたのだとしても、その頃にはすでに認知症だったので、誰かが書かせただけで、内容を理解できてないから無効だ、と主張している。

 十蔵さんの人物像については、武雄さんの主張を概ね認めるけれど、もっといい加減な人だった、具体的な例を挙げれば、智子さん自身が十蔵さんと浮気相手との間の子であり、そういう人だ、という。

 あー、そういえば、母親が違うって言ってたっけか。再婚なんだとばかり思ってたけど、そうじゃなかったのか。

 十蔵さんは、不摂生な生活の影響もあって、令和二年ころにはすっかり呆けてしまっていて、朝ご飯を食べたかどうかも分からない有り様だった、という。さらに夏のさなかに突然クリスマスの飾りつけを始めてしまったり、ざるそばにソースをかけて食べたりといった具体的なエピソードが並ぶ。

 当然、死んだあとのことなど考えてもいなかったはずだ。だから、あんな遺言書を書くはずもないし、きちんと封筒に入れたりなど思いもよらない。ということらしい。

 ここまでだと、清志さんの主張に一票って感じになるのだけれど、智子さんの主張はここまでで終わらない。

 清志さんが主張している遺言書の方も、清志さんと会社の人たちが作らせただけで、十蔵さん本人は既に呆けていて内容なんて分かっていなかった。そもそも公証役場で遺言書を作るなんて発想が出てくるような人じゃない。だから、こちらも無効なのだ、という。

 手続的には、公正証書の遺言書の無効を主張するのは別の裁判になるのだけれど、既に提訴してあるよ、とのこと。


「ええっ?裁判がもう一件追加されちゃうの?大変だ!」

「いや、こういうときは二件の弁論手続を併合するのが普通だから、裁判に行く頻度も手間も変わらないと思うよ。」

「なるほど?」

「まあ、要するに、今の訴訟の手続の中で、二通の遺言書が有効か無効かをまとめて審理するってことになるわけだけど、手続の手間はそこまで大きくは変わらないんじゃないかなってこと。」

「ふむ、うーん……。まあ、あんまり気にしなくていいってことかな。」

「だと思うよ。智子さんの主張にはまだ続きがあるけど、重要な点としては、遺留分の主張がなされている点だね。」

「遺留分?」

「智子さんのメインの主張は、遺言書が無効だ、ってことだけど、仮に遺言書が無効じゃなくて有効だとしても、遺留分の請求をしているから、一億円では話し合いに応じないぞって話が書いてあるね。」

「遺留分……、あー!あれか!」




 

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