第32話 額神製薬の躍進
沼倉さんの陳述書はその後の額神製薬の躍進についても熱っぽく書かれている。
宴会の翌日から、十蔵さんは毎日社員たちの輪に入って、あれをこうしてみよう、これをああしてみよう、と色んな意見をぶつけて回ったらしい。
突拍子もない意見も多く、社員からダメ出しされることもしばしばだったが、そんなときの十蔵さんは「すまん、すまん。」と謝り、社員の意見を素直に聞くのが常だったとか。そして、ほとぼりが覚めると、また思いついた意見を言ってみる、という感じだったそうな。
ただ、十蔵さんの意見は的外れなものばかりだったわけではなく、特に工場では、製品の製造過程の効率化、製品の質の向上と均一化などに寄与するところは大きかった。沼倉さんは、本人から、アメリカでの仕事で機械を取り扱った経験が生きているのだと聞いていたとのこと。
会社の組織などについてもこの頃に効率化が図られており、沼倉さんは十蔵さんのリーダーシップなしには実現しなかったはずだと考えている。
会社組織や製造部門の改革を約二年ほどで終え、次なる会社の課題は新規顧客の開拓や売上の向上だったが、その頃になると、十蔵さんはほとんど会社で見かけることはなくなり、土曜も日曜もなく、営業に出かけていくようになった。
会社の中では、到次さんのこともあって、十蔵さんのことを心配する声も上がったが、どこ吹く風といった調子で本人は取り合わなかった。
十蔵さんがどこで営業活動をしているのか、ほとんどの社員たちは知らされていなかったが、それから数年が経過した頃、額神製薬には日本各地の大小様々な会社から注文が舞い込むようになっていた。
営業部門の人々は、十蔵さんにどうやってこれほどの新規顧客を捕まえたのかと繰り返し尋ねたが、十蔵さんはニヤリと微笑むばかりで、けしてその方法を明かさなかったとか。
いずれにせよ、額神製薬は毎年のように業績の最高記録を更新し、気づけば地域でも有数の大企業に成長していた。やっぱりプロジェクトなんとかの題材になってもおかしくないような気がしてきた。
額神製薬で十蔵さんが最後に取り組んだのが後継者である清志さんを育成することだったという。大学で経営学を学び、商社で経験を積んだ清志さんを副社長として呼び戻し、実地での経験を積ませ、一方では社員や取引先に次期社長だと認識させた。そうした準備のおかげもあって、清志さんへの社長の地位の承継はスムーズに行うことができた。
十蔵さん自身が到次さんの死をきっかけとして突然に社長となり、苦労したことが身に沁みていたのだろう。
沼倉さんの認識として、そんな十蔵さんが会社の株式を清志さん以外の人に相続させるような遺言書を書くなんてことは絶対にありえない、ということなのだそうな。
自筆の遺言書の筆跡については、十蔵さんの手書きの書類は山ほどあるから、真似して書くことは難しくない、丸に十字の記号も会社の者はみな知っている、偽造だと思う、ということだった。
あと、プラモデルについては、十蔵さん自身がガンダムのファンなんだとか。特に気に入っていたのはZガンダム。コレクションの中には清志さんが作ったプラモデルもあるけれど、他の社員が作ったのもあり、沼倉さんが作ったのもあるのだそうな。
「工藤君、この陳述書、本当のことっぽいよね。やっぱり清志さんの主張の方が正しいのかなあ。」
「僕もそう思えて来たよ。そして、そこが盛山弁護士の作戦なんだと思う。」
「なるほど?」
「僕たちは、加保茶さんの陳述書を読んで、こないだまでは武雄さんの主張が正しそうだと思っていたでしょ?」
「そうだったね。」
「実際に十蔵さんを知っている人の話だから説得力があって、清志さん側としてもそのままにしておくわけにはいかなかったんだろうね。」
「ふむ、それで陳述書には陳述書を、ってことなんだね。」
「そういうことだと思う。武雄さん側には、早めに陳述書を出しておくことで印象を刷り込むことができるかもって発想もあったんじゃないかな。盛山弁護士はそれを阻止したかったってことだと思う。」
確かに沼倉さんの陳述書を読むまでは、加保茶さんの陳述書のイメージが強くて、武雄さんの主張が本当なんだと思っていた。気付かないうちに、岩渕弁護士の作戦に飲み込まれていたってことなのか。
「うーん、思い出してみると、加保茶さんの陳述書も本当っぽいし、どっちの主張が正しいのかなあ。これ、どうやって判定するの?」
「最終的には尋問っていって、陳述書の証人を実際に法廷に呼んで話を聞いて、それで裁判官が判断することになるね。」
「あー、ドラマとかでやってるやつだよね。異議あり!って感じで。」
「そうそう、それだよ。本来、陳述書は尋問の準備として出すものらしいから、ちょっと変わった進行なのかもしれないけど、行き着くところはやっぱり尋問だと思う。」
「尋問かあ。裁判らしくなってきたね。それで、私は何をしたらいいんだろう。」
「いや、今は何もしなくていいんじゃないかな。尋問はまだ先のことだと思うし、いざ、尋問ってことになっても、他の当事者の弁護士さんたちがあれこれ聞いてくれるだろうし。」
「やっぱりそうかあ。じゃ、KBZ作戦続行で。」
その後、私たちは、すっかりぬるくなったコーヒーを飲み、チーズケーキを食べ、他愛ない話をしたりした。
十蔵さんお気に入りのZガンダムの「Z」って、「ゼット」でも「ズィー」でもなくて、「ゼータ」って読むのだそう。
こんなの読めるわけないじゃない、って思ったけど、工藤君的には意外だったみたいで、「ええっ?あ、ああ、そうか、言われてみれば、そうだね。」とか言っていた。誰がどう考えても、ファンの人以外には読めないと思うんだけど、言われるまで気づかなかったのだそう。
いつも真面目で隙がない感じの工藤君だけど、ガンダムの話になるとなんか隙だらけだ。
そんなこんなで、今回の作戦会議は終わったのでした。次回もここでチーズケーキを食べながら作戦会議しよう。
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