第29話 加保茶さんと十蔵さん
続いて、陳述書には、加保茶さんと十蔵さんが知り合った経緯が書かれていた。
「私が額神と知り合ったのは、大学二年生の夏、神保町の雀荘だ。フリー、つまりは知らない連中と囲んだ賭け麻雀の卓で対面に座っていたのが額神だった。
私は、その半荘で人生初の九蓮宝燈を聴牌した。和了すれば一生分の運を使い果たして死ぬといわれているほど稀な役満だ。息を殺して九面待ちの萬子が出るの待っていたところ、下家からポロリと三萬が転がりでた。
ロン!
しかし、大声で和了を宣言した私を嘲笑うように、額神は言った。
『悪いな、頭ハネだ。』
手牌を倒す額神。なるほど、三色同順か、と思ってよくよく見ると、対子がない。チョンボだ。
『お前、それチョンボじゃねえか?』
『あれ?これは和了じゃないのか?』
『ふざけんな!俺の九蓮宝燈をどうしてくれるんだよ!』
私は卓を叩いて立ち上がった。当時の若者は今とは違って血の気も多い。私はヤツを殴ってやらないと収まらない気分だった。
立ち上がった私を見て、ゆらりと額神が立ち上がる。お、やる気か?私は拳を固めて身構えた。一触即発の空気を感じて、私たち以外の二人が卓から離れていく。
次の瞬間、
『正直、すまんかった!ルールもよく分からないまま雀荘に来て迷惑をかけた!俺が悪い!』
額神は90度の角度で頭を下げ、勢いよく卓に額をぶつけた。飛び散る麻雀牌。その様子がおかしくて、私は大笑いした。笑ってしまっては負けだ。
『いやなに、その、なんだ、九蓮宝燈をあがり損ねちまったが、おかげで命拾いしたかもしれねえな。気にすんなよ。』
『そ、そうか?そう言ってくれると助かる。いや、すまんな。お詫びに一杯奢らせてくれよ。』
私と額神は、万世橋あたりの汚い飲み屋で一晩飲み明かした。私は、何でも思いついたことはとりあえずやってみる、言ってみるという額神の屈託のなさが気に入った。空が白む頃には私たちは親友になっていた。」
工藤君がしきりに首をかしげて困ったような顔をしている。
「ねえ、工藤君、これ、麻雀の話?九蓮なんとかって、何?なんか知ってて当たり前って感じで麻雀用語っぽい言葉が出てくるんだけど、実は世間の常識だったりする?」
「いや、僕も麻雀はやらないから、分からない。」
「だよね。」
「十蔵さんたちくらいの世代は、みんな麻雀をやってたって聞いたことがあるし、加保茶さんの感覚としては世間の常識なのかもしれないね。」
「そういうことかあ。それにしても、陳述書って小説みたいなものなんだね。」
「いや、普通はこうじゃないと思う。どうして、こんな形式になってるんだろう?」
工藤君が首をひねる。さっきから考えていたのはそういうことだったのか。
「形式の話はさておき、要するに、加保茶さんと十蔵さんは麻雀をきっかけにして雀荘で知り合い、酒を酌み交わして意気投合した、ってことだね。」
工藤君がまとめてくれる。うん、要するにそういうことだよね。
それにしても、ルールも知らないで他人と麻雀で賭けをするなんてめちゃくちゃだ。って、裁判で知らない言葉をそのまま使ってみる私も似たようなものか。
なるほどなあ、岩渕弁護士が言ってたのはこういうことだったのか。
加保茶さんの陳述書はその後も小説のような書き方だった。全部書いてると長くなり過ぎるので、工藤君みたいにまとめてみるとこんな感じ。なお、準備書面とかぶってるところは一部省略してます。
その後の彼らは、大学時代を学生運動とギャンブルで過ごした。卒業後、加保茶さんは風俗事業を立ち上げるも失敗、ほとぼりを冷ますというか、日本は狭すぎるとかなんとかで、十蔵さんたちとともにアメリカに旅立った。彼ら7人のサムライが目指すはアメリカの風俗王になること。
なんだかなあ。
カリフォルニア州では法律で風俗事業が禁止されてるとかなんとかで、ネヴァダ州へ移動するも、ここでも風俗事業は登録制だとかで外国人の加保茶さんたちにはハードルが高かった。
十蔵さんの発案で無登録の店を立ち上げようとするも、現地のマフィアの人たちから叱られて、あえなく撤退。
アルバイト的な短期労働でどうにかこうにか食いつないではみるものの、夢は実現しそうな気配もなく、加保茶さんと愉快な仲間たちは一人、また一人と帰国することになった。
様々な仕事をする中で、一時期、加保茶さんと十蔵さんは小型飛行機を取り扱う会社でも働いたことがあったそうな。とはいっても、オフィスの清掃業務で飛行機に触れることはなかったのだそう。
加保茶さんが帰国して数カ月後、最後まで残った十蔵さんも、弟の到次さんの急死をきっかけに帰国した。こうして、彼らの夢は終了することになったのであった。
「ふむふむ、加保茶さんの話は武雄さんが主張してるとおりになってるのね。」
「武雄さんは、多分、加保茶さんから聞いた話を元にして主張しているんだろうね。」
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