第28話 選択肢
「ええっと、武雄さんの提案に清志さんは反対してるわけだから、清志さん勝訴で五千万円か、武雄さん勝訴でゼロか、ってことじゃないの?他の選択肢もあるの?」
「今のところはそうだけど、話が進むとそうじゃなくなるかもしれない。」
「なるほど?」
工藤君がいったん言葉を区切って、缶コーヒーをゴクリと飲む。私もつられるようにフルーツティーをゴクリと飲む。
「裁判が清志さん優勢で進んでいって、清志さんが勝訴した場合には、大崎さんは五千万円もらえる。これはその通りだと思う。」
「だよね。」
「だけど、裁判が武雄さん優勢で進んでいった場合にはどうなるかな?」
「どうなるんだろう?」
「清志さんから見たら、もしも裁判に負けて、自筆の遺言書での相続ということになったら、株式も不動産も全て武雄さんのものになってしまって、会社も失うことになるよね。」
「そうだね。」
「だったら、裁判に負けるくらいなら、もっといえば、負けそうになったら、武雄さんの提案に応じた方がマシ、ってことにならないかな?」
「そっか!状況が変われば、話し合いに応じるかもしれないってことなのか。」
「そういうこと。」
私の表情を見て、工藤君がうなづく。
「あ、でも、負けそうになってきた、とかって分かるものなの?」
「裁判官も、事案の性質上、話し合いができるのなら尊重する、と言ってたし、勝敗がある程度分かってきたら、和解を勧めてくるんじゃないかな?」
「なるほど。」
「だから、武雄さんが優勢になったら、武雄さんが提案する内容で話し合いがまとまるということもありうるはずだよ。」
おおお!一億円復活だ!
「ええと、つまり、私にとっては武雄さんが有利になる方がいいってこと?でも、どうしたらいいんだろう?」
「どうもしなくていいんじゃないかな。」
「なるほど?」
「いや、大崎さんと、智子さんの立場は同じわけだし、僕が思いつくくらいのことは三条弁護士なら当然分かってるはずだから、三条弁護士に任せておけばいいんじゃないかな。」
「あ、そっか。ってことは、KBZ作戦続行で、ってことでいいんだ。」
「そうだね。そもそも、大崎さんは、十蔵さんのことを知らないのだから、あれこれ主張しようとしたって難しいし。」
そうなのだ。私は、十蔵さんに会ったこともないわけだし、他の相続人とは根本的に違うのだ。この裁判だって、おじいちゃんである十蔵さんの人となりを知ることができればいいな、というのが目的だといっていい。
……。すみません。嘘をつきました。もらえるものならお金も欲しいです。
いや、十蔵さんの人となりを知りたいなあ、って方が主目的ですよ。いや、ほんとに。
あ、そういえば、
「さっきもらった加保茶さんの陳述書、十蔵さんの人となりが分かるって話だったよね。」
「そうだったね。遊び心がある人で、大崎さんに似てるって、さっき岩渕弁護士がそんな話をしてたよね。」
「さっそく読んでみよう。」
私はバッグから陳述書を取り出した。A4用紙で十枚ほど。
一枚目には、「陳述書」というタイトル、日付、いかにも只者ではない雰囲気の「村田宗治」という達筆の署名と「村田」という押印がある。
加保茶さんだけど、本当は村田さん。若い頃からなぜか偽名というか通称というかで暮らしているこの十蔵さんの友人の陳述書を、私は工藤君と一緒に読むことにした。
加保茶さんの陳述書はこんな書き出しではじまっている。
「私は村田宗治。公の書類を除き、加保茶宗治という名前で呼ばれている男である。
今般、我が親友であり同志でもある額神十蔵の息子である額神武雄氏から、額神十蔵がどういった人間であったかにつき裁判所へ説明してほしいとの依頼を受けたため、この陳述書を書いている。
額神十蔵のことは、額神と呼んでいたので、紛らわしいかもしれないが、この陳述書でも額神と書かせてもらう。
なお、裁判所での証言が必要であればいつでも出頭するつもりだ。その場合、額神の子どもたちのうちの誰かに肩入れする気はないので、ありのままを話すことになるだろう。
額神にしてみれば、子どもたちに聞かれたくない話もあるかもしれないが、先に死んだやつが悪いのである。文句はあの世で聞くことにしたい。」
いや、死んだやつが悪い、って、なんだかなあ。でも、そんなことを言えるくらい親しかったってことなんだろうか。
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