第27話 閉廷と振り返り
「それでは、次回期日を決めたいと思いますが、三条先生、ご準備にどれくらい必要ですか?」
「準備書面の提出までに一ヶ月ほどいただきたいと思います。」
裁判官の質問に三条弁護士が答える。続いて、裁判官がこちらに向けて問いかける。
「大崎さんもそれでよろしいですか?」
工藤君の方を見てみると、「大丈夫」という感じでうなづいている。
「たぶん大丈夫だと思います。」
「それでは、11月17日木曜日の午後4時ではいかがでしょう?」
裁判官が私たちを見回しながら問いかける。
「しかるべく。」
岩渕弁護士が手帳を見ながら答える。三条弁護士と盛山弁護士は無言でうなづいている。工藤の方を見てみると、こちらもうなづいている。木曜日の午後なので、私も大丈夫のはず。
それはそれとして、しかるべく、って、何?首をかしげた私に裁判官が問いかける。
「大崎さんも大丈夫ですか?」
「え、あ、しかるべく?」
不意に質問されて、とっさに岩渕弁護士の真似をしてしまった。けれど、しかるべくって何だ?工藤君の方を見てみると、必死に笑いをこらえながらも親指を立ててオッケーだとジェスチャーを送ってくれている。なら、大丈夫かな?
「それでは、皆さん、よろしいようですので、次回期日は11月17日木曜日午後4時から、この法廷でということにします。お疲れ様でした。」
裁判官が立ち上がる。私たちも遅れずに立ち上がり、みんなで一礼する。裁判官は長い黒髪をひるがえして奥の扉に消えていく。
今回も何か真実が明らかになるというわけでもなく、期日が終わってしまった。そして、新たな謎も増えたわけで。
私は、傍聴席の工藤君に尋ねる。
「ねえ、工藤君、しかるべく、って何?」
「あはは、やっぱり、分かってなかったんだ。しかるべく、っていうのは、積極的に賛成というわけではないけど、お任せします、って意味で使う言葉だよ。分からない用語をそのまま使うって、大崎さん、面白過ぎでしょ?」
「むー。こないだの『通常』も、今回の『しかるべく』もそうだけど、もっと分かりやすい言葉を使ってくれたらいいのに。」
行きつけの居酒屋さんみたいなノリでは、ご新規のお客さんは居心地悪いのだよ。
「いや、分かりにくい言葉を使ってすみません。ちゃんとした定義のある言葉でもないので、私も、よくないとは思っているのですが。」
おっと、話が聞こえてしまっていたらしい。岩渕弁護士が謝ってくる。
「いえいえいえいえ、とんでもないです。」
「しかし、意味が分からない言葉をそのまま使ってみるなんて、やはり、大崎さんは十蔵さんのお孫さんなんですね。加保茶さんから、十蔵さんの人となりをあれこれ聞いたのですが、本当に遊び心のある方だったようですよ。」
「そうなんですか。」
そういえば、検認のときも十蔵さんみたいだと、清志さんたちに笑われたんだったっけ。そんなに似てるのかな。
「加保茶さんの陳述書にそのあたりの話も書いてありますので、読んでいただくと面白いと思いますよ。」
「分かりました。よく読んでみます。」
「それでは、また次回に。」
岩渕弁護士が丁寧にお辞儀をして、法廷から出ていく。気づくと、三条弁護士も盛山弁護士もいなくなっている。
期日が終われば、テキパキとすぐ帰る、というのが弁護士さんたちの習性なんだろうか。
「大崎さん、僕らも出ようか。」
今回もまた私たちが最後だ。いや、私を待ってくれているだけで、工藤君も本当はあっち側の人なのかもしれない。私はそそくさと書類などをバッグにしまう。
「そうだね。出よう。」
法廷を出て、エレベーターで一階に降りた私たちは、今回も自動販売機のある待合スペースで反省会をすることにした。
私はフルーツティーを、工藤君はブラックの缶コーヒーを買う。
「工藤君、あんな感じで大丈夫かな?」
「とりあえずのところ、この調子でいいんじゃないかな。大崎さんの方から積極的にこの裁判を動かしていくって感じでもないと思うし。」
「武雄さんの提案、一億円って話だったけど、清志さんが賛成するはずないし、絵に書いた餅なんだろうね。」
「それはどうかなあ。」
「え、なに、どういうこと?」
一億円ゲットできる可能性もあるの?
「あはは、そんなに乗り出さなくても。」
「いやいや、あははは。」
「今の状況を整理すると、3つの結末がありうると思うんだよね。」
「というと?」
「まず、清志さん勝訴で、自筆の遺言書が無効のパターン。この場合は公正証書の遺言書の通りに清志さんが遺産を相続して、大崎さんは五千万円をもらえる。」
「うん、それは分かる。」
「次に、武雄さんの提案どおりに和解をするパターン。この場合は、大崎さんは一億円をもらえるわけだよね。」
「それはそうなんだけど、清志さんが賛成するはずもないよね。」
「そうだね。少なくとも、今のところはそうだろうね。」
「今のところ?」
「そして、最後のパターンだけど、これは話し合いがまとまらず、武雄さん勝訴で、自筆の遺言書が無効ではない、つまりは有効だと判決がなされるパターンだね。この場合は、遺産は全部、武雄さんのもの。大崎さんは一円ももらえない。」
「そうだよね。話し合いがまとまらなかった場合はそうなるって、岩渕弁護士が言ってたものね。つまり、清志さん勝訴で五千万円か、武雄さん勝訴でゼロか、ってことだよね。」
「でも、本当はそうじゃないんじゃないかな?」
「なるほど?」
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