第26話 武雄さんの提案

 ページを繰る岩渕弁護士の手が止まる。お目当てのページにたどり着いたらしい。一つ咳払いしてから、岩渕弁護士が話し始める。

「額神武雄さんの考えとしては、皆さんと話し合うことが前提ですので、あくまで現時点における当方の希望する内容の骨子ということになります。ご意見があれば改めておっしゃっていただき、すり合わせを行いたいと思いますが、ひとまず、こちらの考えを申し上げます。」

 長い前置きだ。岩渕弁護士はもう一つ咳払いをして話を続ける。

「会社の株式及び会社のために使用する不動産については、清志さんが6割、武雄さんが4割を相続します。会社の経営は引き続き清志さんが行うこととしますが、清志さんと武雄さんの間で株主間協定を結び、一定の重要事項については両者の合意がなければ行えないものとします。」

 会社の経営についての話だけど、私にはこれが普通のことなのかそうでないのか分からない。工藤君の様子を見てみるとあごに手をやって「なるほど」といった感じでうなづいている。別におかしな話ではないみたいだ。

 岩渕弁護士が話を続ける。

「十蔵さんの自宅不動産、有価証券等の換金性のある財産は全て換金します。その上で、まず、智子さんと大崎さんにそれぞれ現金を一億円ずつ交付し、残余については武雄さんと清志さんで半分ずつ取得するものとします。」

 い、一億?億!億だって!?

 自分が今どんな顔をしているのか、なんとなく想像がつく。誰かに見られたら恥ずかしいので、とりあえず下を向く。

「あとは家財道具などのその他の財産はどなたが取得されるのでも構いません。なお、飛行機の模型とガンダムのプラモデルについては清志さんが全て取得し、会社に保管場所を設けるということで、武雄さんには異論はありません。」

 ここでプラモデルの話が出てくるのか。保管場所についても、清志さんと武雄さんの間で争いがなくなったので、この点は確定ってことになるのかな。工藤君の方を見てみると、まるで自分のことのようにほっとした様子だ。

「ただし、今、申し上げました提案は話し合いにより皆さんと同意できることが大前提です。遺言書の内容はあくまでも全ての財産を武雄さんに相続させるというものですので、この点はご留意いただきたいと思います。」

 岩渕弁護士がゆっくりと着席する。今ので武雄さんの提案内容は終わりらしい。

 私としては、もらえるお金が一億円に増えるというのだから反対する理由はない。あとは清志さんと智子さんがどう言うか。

 一呼吸置いた上で、裁判官が口を開く。

「三条先生、額神武雄さんの提案内容は以上の通りのようです。裁判所としては、ご要望のあった説明として十分かと考えますが、先生のお考えはいかがでしょうか。」

「当職としても、想定していたご説明をいただけたと思いますので、請求原因の認否と並行して、頂いたご提案を踏まえて今後の対応を検討したいと存じます。」

 ふむ、前向きに考える、ということなのかな。

「裁判所としては、事案の性質上、当事者間で話し合いができるのであれば、それを尊重したいと考えます。先ほどの岩渕先生のお話について、盛山先生はいかがですか。」

 盛山弁護士は苦笑いをするような表情で応じる。

「無効の遺言書を前提として、そのようなお話をされても意味がないと考えます。また、株式を分け合う形になれば、機動的な会社経営もできなくなりますし、ご兄弟で意見が合わなくなったら、会社はどうなってしまうのか。多くの従業員を抱えている会社の創業家として、そのような無責任な話をされるのは妥当ではないとも思います。」

 まさに、けんもほろろ、という感じ。これは話し合いは無理だろう。さようなら、私の一億円。

 盛山弁護士のリアクションを受けて、裁判官が話を進める。

「そうですか、それでは、ひとまずは審理を進めたいと思います。三条先生、次回期日の一週間前までに請求原因についての認否を行って下さい。」

「分かりました。」

 三条弁護士が応じる。裁判官がこちらに視線を向ける。

「大崎さん、あなたにも、請求原因の認否を行っていただきたいのですが、」

 と、言われても、あの暗号みたいなのだよね、正直なところ対応できる気がしない。三条弁護士と同じです、というわけにもいかない流れ。ちょっと、これ、どうしよう。と、混乱していると、岩渕弁護士が立ち上がる。

「裁判所、よろしいですか?」

「岩渕先生、何でしょうか?」

「大崎さんは、先日の検認の手続で初めて他の相続人にお会いしたというくらいで、親族とは疎遠だった方なので、認否といっても、ほとんどの点で不知ということになろうかと考えられます。訴状の分量も考慮しますと、ご配慮をいただけたらと。」

 なんだかよく分からないけれど、岩渕弁護士が援護してくれる。裁判官が軽くうなづく。

「大崎さん、今の岩渕先生のお話について、あなたの考えはどうですか?」

「ええと、疎遠だったのは間違いないです。というか、検認の話が来るまでは、ぬこ神十蔵さんという名前も聞いたことがありませんでした。」

「それでは、こうしましょう。大崎さんは、訴状に書かれている話の中で、ここは私もそうだと認識している、というところがあればそれを書面に書いて提出して下さい。なければ、提出しなくても構いません。それで、認識が合う部分以外は、ひとまずのところ、知らない、という扱いにしましょう。」

「なるほど。」

 分かりやすく説明しようとしていることは分かるのだけれど、分かったような分からないような。

「要するに、書面を出す場合には、ここはそのとおりです、というところだけ書けばいいですし、全部分からないということであれば、そもそも書面を出さないということでもよい、ということです。」

 裁判官が、再度、噛み砕いて説明してくれる。工藤君の方を見ると、うんうんとうなづいているので、対応は出来そう。

「分かりました。」

 

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