第23話 遺言と飛行機
「十蔵さんの人となりからすると、公正証書遺言はおかしい、というのは、まあ、いいとして、そうだとすると、あの自筆の遺言書はどうなるの?遺産全部を武雄さんに、っていうのが十蔵さんのキャラに合うってことになるの?」
「その点についても、武雄さんなりの解釈が書いてあるね。この辺りだよ。」
工藤君は、準備書面の該当する部分を指さしながら説明してくれる。
十蔵さんは生前、遺言書はあるけれど、相続については改めて兄弟でよく話し合って決めるよう言っていたらしい。
武雄さんは、十蔵さんのいう「遺言書」を公正証書の遺言書のことだと思っていたけれど、あれこれと細かい内容が書いてあったりするので違和感を感じていた。そんな中、検認で自筆の遺言書の内容を見て合点がいったという。
自筆の遺言書には遺産の全てを武雄さんにと書いてはあるものの、本当に武雄さんが全部相続することを望んでいたわけじゃなくて、真意としては話し合って決めなさいということで、清志さんが話し合いに応じざるを得ないように、取り敢えず仮の内容としてこう書いたものだろう、というのが武雄さんなりの解釈だとのこと。
「あれ?検認の時に、岩渕弁護士が、相続は遺言書の内容で決まるって言ってなかったっけ?」
「遺言書があっても、利害関係者全員が話し合って合意すれば遺言書と違う分け方をしてもいいんだ。だから、武雄さん以外の相続人は、少しでも遺産を相続したいと思ったら、話し合いに応じるしかないってことになるね。」
ふむ、話し合いに応じなければ、遺言書どおり遺産は全部武雄さんのもの、だったら話し合いに応じた方がいいよね、ってことか。
「あ、でも、清志さんを後継者にするためにあれこれと配慮してたって話だったんじゃ?」
「それについてはこのあたりかな。」
訴状では、清志さんを後継者に育てるために大学で経営学を学ばせた後、総合商社で修業させ、それから会社に呼び戻した、というストーリーになっていた。
ところが、武雄さんの主張では、清志さんは経営学部卒とはいっても、第一志望の某大学の法学部に落ち、滑り止めで受けた偏差値の手頃な大学に入っただけに過ぎないとのこと。大学時代は学業そっちのけでサークル活動に熱中しており、二回も留年したくらいなのだそうな。
そして、自称「総合商社」の小さな卸売業者に十蔵さんのコネで入社したものの、上司と喧嘩して退社。そんなこんなで小田原に帰ってきて、家業の額神製薬で働くようになったのだという。この成り行き任せな感じ、武雄さんの主張する十蔵さんの人物像とちょっと似てなくもない。
現状、清志さんは額神製薬の社長ではあるが、成り行きでそうなっているに過ぎない。実際の経営についても番頭さんたちの提案することにハンコを押してるだけで、清志さんはお飾りの社長に過ぎないのだとか。
武雄さんの主張が本当なのかどうかは分からないけれど、これ読んだら清志さん怒るだろうなあ。なんだかいかにも兄弟喧嘩って感じになってきた。岩渕弁護士はどんな顔してこれを書いたんだろう。
「うーん、なんだかなあ。あ、そういえば、あとは飛行機の模型とかの話もあったよね。あれはどうなったんだろう?」
工藤君が遠い目をしながら、準備書面の該当箇所を指差す。どれどれ。
武雄さんの主張によると、十蔵さんの模型のコレクションとされているもののうち、飛行機は10%程度に過ぎないのだという。じゃあ、残りの90%は何なのか、というとガンダムのプラモデルなのだという。
「十蔵さんが子供の頃に憧れたのは飛行機ではなくてガンダムだった、ってこと?」
「いや、十蔵さんが子供の頃には、まだガンダムは存在していないよ。」
いや、未だにガンダムは存在していないけど、って、実物じゃなくてお話の方か。
とすると、どういうことなんだろう?
続きを読み進めていくと、ガンダムのプラモデルは十蔵さんではなく、清志さんの趣味なのだと書いてある。
じゃあ、なんでわざわざ十蔵さんのコレクションに紛れ込んでいるのか、ということになるのだけれど、武雄さんの説によれば、自宅に置いておくと、奥さんに断捨離されてしまうのだとか。
十蔵さんのコレクションの一部だとして会社の事務所に保管場所を確保するため、清志さんは公正証書の遺言書にプラモデルの話を盛り込んだのだ、ひるがえって、公正証書の遺言書は清志さんの意思で作られたものであり、真に十蔵さんの意思を反映しているのは自筆の遺言書の方だ、というのが武雄さんの説のようだ。
20億の価値のある遺産について争うというよりも、いくらか身近な話になってほっとする。大きな会社の社長になっても、奥さんには逆らえない。社会というのはそういうものなのかもしれない。
工藤君のリアクションは、同じガンダムのファンとしてのシンパシーなのだろうか。彼もお母さんにプラモデルを断捨離された過去があったりするのだろうか。
「うーん、清志さんと武雄さん、どっちの言い分が正しいんだか、さっぱり分かんないや。工藤君、どうしたらいいと思う?」
「どうもしなくていいと思うよ。」
「なるほど?」
「いや、武雄さんの主張を踏まえて、智子さんも主張するだろうし、清志さんも反論するだろうし、ひとまずはそれらを見てから考えたらいいんじゃないかな。」
「ああ、そっか、何もあわてなくていいんだね。じゃあ、KBZ作戦続行で。」
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