第21話 九月下旬

 今年は猛暑だと言い続けてきたけれど、まさか九月下旬になっても暑いとは思わなかった。

 ややエアコンの温度設定が控えめな大学のカフェテリアで私と工藤君は向き合っていた。

「では、工藤君、第二回作戦会議を始めよう!」

「今回もそのノリなんだね。」

「それでは、この書類を読んでくれたまえ!」

 私は岩渕弁護士から届いた書類をどさりと工藤君に渡した。本当にどさりという音がする分量。訴状のときもこんな感じだったけど、弁護士さんたちっていつもこんなにたくさんの書類を書いたり読んだりしてるのだろうか。

 中身は「準備書面」というタイトルの書面と証拠の書類があれこれとセットになっている。風変わりなタイトルだ。

「そういえば、裁判官の人が『準備にどれくらいかかりますか』って聞いてたっけ。だからって『準備書面』ってタイトルは素直過ぎじゃない?」

「いや、岩渕弁護士のオリジナルじゃなくて、こういう主張の書面は、普通、『準備書面』ってタイトルなんだ。」

「なるほど。」

 法律の世界には私の知らない色んな普通や用語があるらしい。工藤君のガンダムの世界と同じようなものかな。

「ま、それはいいとしてさ、工藤君、その『準備書面』、私も読もうとしたんだけど、暗号みたいで分かんないんだよね。どうしたらいいんだろう。」

 そうなのだ。この「準備書面」はすごく分かりづらい。訴状も読みやすい書類ではなかったけれど、一応は話の流れのある文章が書かれていた。

 ところが、今回の書面はちょっと見たことのないスタイルの文章が書かれている。

 たとえば、「第一項第一段落ないし第三段落は認め、第四段落第二文は否認し、その余は不知。」という感じだ。暗号なのか難しく書いてるだけなのかすら分からない。こんな文章なのにやたらと漢字の割合が多いところも全力で読者を拒んでいるかのような印象だ。

「あー、これかあ。確かに分かりづらいよね。大崎さん、訴状持ってきてるよね?コピーさせてもらってもいい?」

「うん、もちろん。」

 工藤君は訴状を受け取ると、生協の売店の方へ向かう。確かレジの近くにコピー機が二台ほどあったと思う。

 工藤君が戻ってくるまでの間、私は、証拠の書類を読んでみる。

 訴状のときと同じように筆跡についての分厚い鑑定書もある。武雄さん側から提出されてるってことは、こないだのとは反対の結論のはず。専門家が見ても意見が分かれるというのだから、私のような素人が筆跡のことを考えても仕方ないんだろうなあ。ということで、これは放置しよう。

 と、そんなことを考えているうちに工藤君が戻ってきた。

「やあ、コピーしてきたよ。少しだけ待ってね。」

 工藤君は、訴状のコピーを広げると、準備書面を見ながら、ピンク、黄色、緑の三色の蛍光マーカーで線を引いていく。

「説明するね。準備書面で書かれているのは、清志さんが訴状で主張している内容のうち、武雄さんはどの部分を認めるのか、争うのか、ということなんだ。」

「なるほど。」

「それで、当事者が認めてて争いがないことはそれで確定、争ってるところは証拠で立証するって流れになるんだ。」

「なるほど。」

「って、抽象的に言っても分かりづらいよね。まあ、これを見てよ。」

 工藤君は蛍光ペンで色分けした訴状のコピーを見せてくれる。

「この緑色のところが武雄さんが『認める』としたところ、つまり清志さんと武雄さんとの間で争いがない部分ってことになるんだ。」

「つまり、この部分は確定ってこと?」

「一応、智子さんと大崎さんが争わないならば、って条件付きだけど、確定なんじゃないかな。」

 ふむふむ、ぬこ神十蔵さんの法定相続人が四人だということ、自筆の遺言書の検認をしたこと、ぬこ神家の歴史、十蔵さんが小田原に生まれて、東京の大学へ進学し、いったん渡米したこと、弟の到次さんの死を経て小田原に帰ってきたこと、その後、額神製薬が大きく成長したこと、といった話の大筋は争いがないらしい。

「これに対して、黄色は不知、本当かどうか知らないということ、ピンクは否認、否定するってところだけど、これらは、つまり、武雄さんが清志さんの主張を認めないっていってるところだよ。」

「なるほど。」

「この黄色とピンクのところと、準備書面の武雄さんの主張を比較すれば、争点が明らかになるんだ。」

「なるほど?」

 ふむ、こっちは訴状だけでは分からない感じだ。

 でも、あの暗号みたいなのを読むよりはかなり現実的かな?

 でもなあ、うーん、助けてよ、工藤えもん。

 私の困ったような顔を見て、工藤君が助け舟を出してくれる。

「じゃあ、ちょっと整理してみようか。」

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