第20話 寄り道
「工藤君、今日の裁判をまとめると、つまり、私は武雄さんが負けた方が有利かも知れなくて、ひとまずは武雄さんの主張が出て来るのを待つ、あとは遺留分を主張するかどうか考える、ってことでいいんだよね。」
「それで大丈夫だと思う。」
「結局、三条弁護士の意見を真似していればいいってことだよね。」
「そういうことになりそうだね。」
初めての裁判だけど、工藤君がいれば上手く乗り切れそうな気がしてきた。
「工藤君、本当にありがとう。最初は不安だったけど、おかげでどうにか対応していけそうだよ。これからもよろしくね。」
私は工藤君に深々と頭を下げた。
「え、いや、そんな、僕も勉強になってるし。こちらこそありがとう。」
工藤君もぺこりと頭を下げる。リアクションに困っている感じだ。
裁判所から出ると、雲が出ていて、さっきと比べるといくぶん暑さが和らいでいるような気がする。
「えっと、その、大崎さん、帰りに少しだけ寄り道したいところがあるんだけど、いいかな?」
「うん。もちろん、いいよ。」
裁判所から駅までの道は、お城に向かって右手にお堀端の道を進み、途中で左に曲がって、あとは線路に沿って歩けばオッケー、とそんな感じ。
工藤君の寄りたいところってどこだろう。ちょっと歯切れの悪い言い方も気になる。でも、敢えて尋ねずに当ててみたら面白いかも。そんなことを思いながらお堀端の道を進む。
そろそろ曲がる辺りかな、というところを真っ直ぐ進んでいくと、右手に時代がかった建物が見えてくる。宿場町小田原という風情。看板を見てみるとお蕎麦屋さんらしい。
「工藤君、寄り道したかったところって、あのお蕎麦屋さん?」
「いや、あれも気になるけど、もうちょっと先のところなんだ。」
さらに進んでいくと、ビルやお店が多くなってくる。お城に気を取られがちだけど、小田原は史跡があるだけの街ではなく、現在もたくさんの人が住む大きな街なのだ。
歴史好きっぽい工藤君だけに寄り道するところは史跡やそれっぽいところじゃないかと思っていたけれど、意外と美味しいスイーツのお店だったりするのかな。
大きいビルのある交差点を右に曲がり、少し進んで五差路を左の方へ曲がる。
「あった!」
工藤君の嬉しそうな声。
はて、目的地は何だったのだろう。通りの先には大きなディスカウントストアが見える。情熱価格のそのお店は東京にもあるので多分違う。それとも、小田原店限定の何かがあったりするのだろうか。
工藤君の視線の先を追いかけてみると、周囲のどのお店でもなく、真っ直ぐ地面に向いている。やっぱり何かの史跡があるのかな。たとえば、戦国時代に北条と豊臣がここで戦ったとか?
工藤君がスマホを出す。カシャリ。何を撮影してるのかと思えば、
「マンホール?」
「うん。」
工藤君が屈託のない笑顔で返事をする。
そのマンホールにはお城が描かれていて、お城の前にどことなく鎧武者っぽい白いような青いようなロボットが描かれている。
「北条氏のロボット?」
「いや、違うよ、ガンダムだよ。」
「ガンダムって聞いたことあるけど、小田原が舞台なの?」
そのマンホールには、お城を守るように一歩前に立つガンダムが描かれている。タイムリープものだったのか。いや、異世界から転移してくるパターンなのか?未来から来た巨大ロボットで豊臣軍を相手に無双した後、彼らは一体何と戦うのか。やっぱり豊臣側にも巨大ロボットが参戦してきちゃうのだろうか。
「違うよ。ガンダムは人類が増え過ぎた人口を地球で養って行くことが出来なくなって、宇宙へと移民をするようになった未来が舞台で、地球から最も遠いスペースコロニーであるサイドセブンで……」
「待って、分かった、小田原が舞台じゃないってことは分かったから。」
工藤君が今まで見たことないほど早口になってちょっとびっくり。自分の好きなことについて話すときに早口になる人って少なくないと思う。工藤君はよほどガンダムが好きみたいだ。
「でも、それじゃあ、なんでマンホールにお城とガンダムが描かれてるの?」
「小田原は、ガンダムを作った富野由悠季監督の出身地なんだよ。それで、ガンダムのマンホールを設置するプロジェクトの第一弾の場所として選ばれたんだ。」
フルネームで監督さんの名前が出てきたよ。富野さんというらしい。工藤君の熱量が伝わってくる。観光地としての施策だとするならば、大成功なのかもしれない。私の知らなかった小田原のまた新しい一面だ。
私がもしも小田原生まれだったら、当然、富野さんの名前を知っていて、そして、おらが街の有名人についてファンが熱く語るのを見て、喜んだりするんだろうか。
うーん。
私ってぬこ神十蔵さんの孫だといっていいのだろうか。少なくとも小田原のぬこ神家の人間だと名乗る資格はなさそう。そんな私が遺産をもらっていいものなのかなあ。相続って何なんだろう。いや、もらえるものはもらっておきたいけど、もらい過ぎるのも気が引けるというか。なんだかなあ。
「大崎さん、僕の用事はこれだけなんだ。寄り道に付き合ってくれてありがとう。さ、緑色のういろうを買って帰ろうか。」
工藤君、私の緑のういろうの話、憶えていてくれたんだ。
「うん、買って帰ろう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます