第19話 第一回期日をふりかえってみる

「工藤君、結局のところ、今日の期日って次回のスケジュールを決めただけだったね。」

「そうだね。でも、KBZ作戦が通用しそうって分かったのは収穫だったね。これで、ひとまずは武雄さんの主張を待ってから対応を検討すればいいわけだからね。」

 第二号法廷を出ると、すぐ近くにエレベーターがある。ボタンを押すと、すぐに扉が開いた。

「この裁判がこれからどう進んでいくのかは分からないけど、岩渕弁護士は銀だし、三条弁護士なんて金なんだから、歯車の盛山弁護士に負けるわけないよね。」

「うん?何の話?」

 エレベーターに乗り込んで、「閉」のボタンを押す。

「バッジだよ。三条弁護士が金のバッジ、岩渕弁護士が銀、盛山弁護士は歯車だったよ。ふふふ、よく見てるでしょ?弁護士にもランクがあるんだね。」

「ふふふふ、あはは、あははははは!」

 あれ、工藤君が壊れた?こんな大きな声で笑うところ初めて見た。個室みたいなエレベーターの中でよかった。

「いや、ごめん、ふふっ、なんていうか、そういう発想はなかったよ。」

「な、なるほど?」

「弁護士のバッジって、銀に金メッキだから、長く使っているうちにメッキが剥がれて銀色になっちゃうんだ。ランクがあるわけじゃないんだよ。」

「え、そうなの?でも、盛山弁護士のはひまわりじゃなくて、歯車だったよ?」

「あれはバッジを裏返してつけていて、留め金の方が表に出ているんだよ。あのギザギザは歯車のデザインじゃなくて取り付けやすくするためについているんだと思う。」

「なんで裏返しにつけるのよ。」

「それは分からないけど、なぜだか、世の中にはバッジを裏返しにつける弁護士さんが結構な数いるらしいんだよ。」

 エレベーターの扉が開く。

 むー、それにしても納得いかない。弁護士ですって目印のバッジのはずなのに、そんなんでいいのか。恥かいたじゃないか。

「大崎さん、喉が乾いちゃったから、ちょっと待合スペースで休憩していこう。」

「賛成。」

 なんだかんだいって、初めての裁判で緊張もしたし、思ったよりも疲れているように感じる。外の猛暑を思うと少し休憩してから駅に向かったほうがいいかもしれない。

 待合スペースの自販機で、私はフルーツティーを、工藤君はアイスコーヒーを買う。口に含むと、喉を伝わる冷たさが心地よい。思っていたよりも喉が乾いていたみたいだ。

「工藤君、金とか銀とかは置いておいてさ、三条弁護士ってなんかすっごい強そうじゃなかった?」

「あー、それは確かに。どこがどうとは説明できないけど。」

「ヒールにトゲトゲがついてたし。」

「え?そこ?」

「それに、岩渕弁護士だっていかにもベテランって感じで頼りになりそうだし、だいたい、清志さんの方の弁護士が一人なのに対して、こっちは弁護士二人って時点でこちらの有利は動かないとみたね。」

「裁判ってそういうものじゃないと思うけど。」

 工藤君がコーヒーをぐいっと飲む。いつもブラックを飲んでる気がするけど、苦くないのかな。

「それに、三条弁護士と岩渕弁護士は味方同士ってわけじゃないと思うけど。」

「え、どういうこと?」

 武雄さん、智子さん、私は三人とも被告側だ。当然、岩渕弁護士と三条弁護士も味方だと思ってたけど、そうじゃないの?スパイとか?

「いや、つまりさ、大崎さんや智子さんの立場で考えると、武雄さんが裁判に負けた方が有利なんじゃないかな。」

「な、なるほど?」

 工藤君が一呼吸置いてから話を続ける。

「言い方を変えるね。この裁判は、検認した遺言書の無効を清志さんが主張してるものだよね。」

「うん。」

「清志さんの目的は、検認した遺言書ではなくて、公正証書遺言で相続をしたい、ってことだよね。」

「会社を清志さんが継ぐってやつだよね。」

「公正証書遺言だと、大崎さんと智子さんは現金を受け取ることになってるよね。」

「そ、そうだね。」

「それに対して、検認した遺言書は、全財産を武雄さんに、ってだけの内容なんだから、武雄さんが勝てば、大崎さんと智子さんは現金を受け取れなくなっちゃうんじゃない?」

「そうか。って、ああっ!」

「そうなんだよ、武雄さんが勝っちゃったら、現金の分だけ損することになるんじゃないかな。」

 つまり、清志さんが勝ったら五千万円もらえるかもしれないのに対して、武雄さんが勝ったらゼロ。だから、智子さんにしてみたら、武雄さんが負けた方が都合がいいわけで、三条弁護士と岩渕弁護士は味方同士ではないってことになるのか。

「ただ、智子さんにしてみれば、遺留分を主張すればどっちに転んでも関係ないって考え方もできるかもね。」

「工藤君、遺留分ってなんだっけ?」

「法定相続人は遺言の内容に関係なく請求すれば最低限もらえる相続分があって、それを遺留分って呼んでる。大崎さんも、智子さんも、遺留分を主張すれば最低でも遺産の価値の八分の一はもらえることになるんだよ。遺留分の価値が五千万円を超えるだろうから、遺留分を主張した場合、裁判の勝敗に関係なく、結果は同じになると思う。」

 そういえば、そういう話だった。遺産がざっくりと二十億円だとしたら八分の一は二億五千万円。宝くじみたいな金額になってくる。

「うーん、法律上は相続人だっていっても、そこまで主張しちゃっていいものなのかな。」

「法律上の権利だから、主張しても問題ないと思うけど。ま、主張しないのも自由だよね。主張できる期限は、相続を知ってから一年間だから、まだまだ時間はあるし、ゆっくり考えたらいいよ。」

「そうだね。」

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