第18話 そして、閉廷します

 智子さんの代理人、三条弁護士が武雄さんから先に主張をどうぞ、と言うので、私もそれに乗っかってみた。KBZ作戦は果たして通用するのか否か。

「岩渕先生、いかがですか?」

 裁判官が岩渕弁護士に話を振る。

「まあ、三条先生のお話は妥当だと思います。訴状がなかなかに大部でしたし、昔の話も多かったので本日の期日には間に合いませんでしたが、ひとまずは当職の方から認否、反論をしたいと思います。」

 なるほど。なるほど?工藤君の方を見ると、うんうん、とうなづいている。ということはこれでオッケーってことかな。助かった。武雄さんの反応を見ながら後のことを考えようという方針で正解だ。

 裁判官が原告側の席の盛山弁護士の方にも問いかける。

「原告代理人はいかがですか?」

「それで結構です。」

 こちらはあっさり。よかったよかった。

 裁判官は再び岩渕弁護士に尋ねる。

「岩渕先生、準備にどれくらいかかりますか?」

「通常程度で。」

「分かりました。では、主張書面を九月末までに提出して下さい。」

 通常……。来月末って意味なのか、五週間とちょっとという意味なのか、それとも40日弱という意味なのか、正解はどれだろう。

 行きつけの定食屋さんで「いつもの」と注文する感じなんだろうか。岩渕弁護士ってなんか定食屋さんが似合いそうだ。

 裁判官が話を続ける。

「では、書証については次回以降にまとめて調べるとして、次回期日を決めたいと思います。10月6日木曜日はいかがですか?」

「午後3時以降であれば結構です。」

 三条弁護士が応える。他の弁護士さんは手帳を広げ、特に異論を述べずに様子をみている。裁判官がこちらを見て言う。

「大崎さんはいかがですか?」

「えっと、木曜日の午後3時以降なら大丈夫だと思います。」

「分かりました。では、次回期日は10月6日午後3時30分からこの法廷で、弁論で続行します。」

 裁判官が立ち上がって一礼する。書記官さんや弁護士さんたち、工藤君も立ち上がって一礼。私も慌てて後に続く。裁判官は長い黒髪をひるがえしてそのまま奥の扉から出ていった。

 あれ?終わり?

 開廷から五分も経っていない。

 隣を見ると、三条弁護士も岩渕弁護士も荷物をまとめて席を立つところだ。おっと、名刺の交換を始めた。

 向かいの盛山弁護士にいたってはもう法廷から出ていこうとしている。 

「え、工藤君、これで終わりなの?」

「うん、今日のところはこれで終わりだよ。」

「でも、何も明らかになってないよね。」

「民事の裁判はこんな感じだよ。お互いに書面で主張をしていって、証拠を調べて、最後の最後に判決が出て、それでこの件はこうだったのだと判定される、って流れなんだ。」

「そうなんだ。」

 なんというか拍子抜けだ。気合を入れてきたけれど、今日の法廷で決まったことは次回までのスケジュールだけだった。でも、どんどん話が進んじゃうとしたら、どうしていいやら分からないし、これはこれでいいのかも。KBZ作戦が通用しそうだというだけでも十分な収穫だよね。

 気づくと、法廷には、私達二人と書記官の人だけになっていた。書記官の人がこちらを見て話しかけてくる。

「次回期日については、呼出状などを送付しませんので、先ほど指定された期日を忘れないようにメモなどを残しておかれるといいですよ。」

「分かりました。たしか、10月6日の3時でしたよね。」

 バッグからスマホを出してスケジュールを入力する。

「いえ、午後3時30分ですよ。」

 おっと、危ない危ない。スマホに正しいスケジュールを入力し直す。

「工藤君、次の期日もついてきてくれる?」

「いいですとも。お供しましょう。」

 工藤君が大仰な身振りでおどけながら応えてくれる。何かのキャラクターの動作なのかな。元ネタが分からないけど、私の申し訳ない気分を軽減させようとしてくれてるのが伝わってくる。

 この裁判で、祖父であるぬこ神十蔵さんがどういう人だったかを少しでも知りたい、っていう私のわがままで工藤君を振り回してしまっている。というわけなんだけれど、工藤君は嫌な顔一つしないで、むしろ気を使ってくれている。

 工藤君のスケジュールを聞かずに次回期日を決めちゃったのは失敗だったなあ。今後は気をつけることにしよう。

「工藤君、迷惑かけちゃってごめんね。」

「あはは、気にしなくて大丈夫だよ。僕にとっても勉強になるし。」

 工藤君は白い歯を見せて笑ってみせた。

「ところでさ、大崎さん、そろそろ出ようか。書記官の人、戸締まりできなくて困ってそうだよ。」

「あ、すみません、すぐ出ます。」

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