第17話 開廷します

 ガチャリ。

 傍聴席側の入口が開き、ストライプの入った黒いスーツの男性が入ってくる。ラグビーや柔道を連想させる筋肉質で大きなシルエット。ツーブロックの黒い髪を整髪料でぴったりと固めている。

 襟には弁護士バッジよりも一回り小さい歯車のようなバッジをつけている。第一印象としては、地上げ屋さんとか強引なスタイルの不動産屋さんかな、といった雰囲気だ。

 私たち被告側が席に座っているのを見ると、大股で歩いて法廷に入り、出席簿に名前を書いて反対側の席に座った。と、いうことは、あの人が清志さんの代理人の盛山弁護士ってことになるはず。

 なのだけれど、あの歯車のバッジは一体?弁護士さんのバッジってひまわりのデザインじゃなかったっけ?いや、そもそも岩渕弁護士のバッジが銀色なのに、三条弁護士のバッジはそれとは違う金色なのも謎だ。何かの条件でバッジが変わるとか?

 異世界モノのライトノベルなんかを読むと、冒険者のランクがAだとかSだとか、銀等級だの金等級だのといった話が出てくるけれど、現実世界の弁護士にもそういうのがあるのだろうか。

 仮にそうだとしても、こっちには弁護士ギルドの金等級、三条弁護士がいるのだから、歯車等級の盛山弁護士を恐れる必要はないはず。

 というか、ベテランっぽい岩渕弁護士が銀色バッジなのに、三条弁護士が金ってことは、実は三条弁護士の方が年上だったりするのだろうか。一体、何歳なんだ……。

 岩渕弁護士の向こうの三条弁護士の横顔をちらりと見てみると、視線に気付いた三条弁護士がこちらににっこりと笑顔を返す。なぜだろう。優しげな素敵な笑顔なのに圧力を感じる。年齢のことを考えていたとは口が裂けても言えない。


 ガチャリ。

 法廷の奥の扉が開く。当事者入口でも傍聴人入口でもない、あの扉は裁判所関係者用の扉のはず。

 開いた扉からは、黒い魔法使いのようなローブに身を包んだ背の高い女性が入ってきた。

 ガタン。

 書記官の人、弁護士さんたち、工藤君が立ち上がる。私も慌てて立ち上がる。

 ローブの女性が一礼してから裁判官の席に座る。続いて、みんなが一礼して座るので、私もそれにならう。

 担当の裁判官、ということなのだろう。長いストレートの黒髪に黒縁の大きな眼鏡。黒い法服と対照的な白いスカーフを着けていて、アクセントになっている。

 名前を思い出せないけど、有名なドラマに出てたヒロイン役の女優さんにそっくりだ。美人はこんな感じの服装でも美人なんだなと変なところで感心してしまう。

 ……。

 検認のときの書記官の立花さんに始まって、やたらとキレイな人ばっかりなんだけど、裁判所ってどうなってるんだろう。顔採用?


「令和四年、ワ、第百十*号」

 書記官の人がこの裁判に付けられた番号を読み上げる。このお話では、事件が特定されないように一の位を*にしておこう。いや、繰り返し言いますけど、このお話はフィクションだからね。実在する裁判とは何も関係がないからね。

「それでは、開廷します。」

 落ち着いた高くない声。裁判官が開廷を宣言して、話を続ける。

「原告は訴状を陳述しますね?」

「はい。」

 盛山弁護士が応える。

「被告額神武雄さん、答弁書を陳述しますね?」

「はい、陳述します。」

 岩渕弁護士が立ち上がって応える。

「被告鈴木智子さん、答弁書を陳述しますね?」

「陳述します。」

 三条弁護士は立ち上がらないで応えた。

 え、これ、次は私の番だよね、どれが正解なの?陳述って何?立ち上がるべきなの?工藤君の方を見ると「大丈夫」というふうに頷いてくれた。

 よし、よく分からんけど、かかってこいっ!

「大崎あかりさんご本人ですね?今、各代理人から訴状や答弁書を陳述する、という話がなされましたが、これは書面に書いてあるとおりに主張するという意味です。大崎さんの答弁書には、おって、つまり、後で、主張する、ということが書いてありますが、この通りでよろしいですね?」

「は、はい、この通りでよろしいです、いや、よろしくお願いします。」

 大丈夫だった!圧倒的に大丈夫だった!ほっとして変な発言になったけど、大丈夫だった!親切な裁判官でよかった!

 裁判官が話を続ける。

「では、被告側の主張のご予定を確認したいと思いますが……」

「裁判所、よろしいですか?」

 智子さんの代理人、三条弁護士が立ち上がりながら言う。

「今回の訴状の内容からすれば、原告は被告額神武雄氏が遺言書を偽造したというストーリーを主張の中心に置いているわけですから、まずは額神武雄氏から認否及び主張をしてもらい、当方はその上で主張を行いたいと考えます。」

 えっと、要するにお先にどうぞってことだよね?ここだ!K(コ)B(バン)Z(ザメ)作戦発動!私も勢いよく立ち上がって言う。

「智子さんの弁護士さんと同じですっ!」

 一瞬の静寂。

 ふふふ、どうだ、これは決まったんじゃない?しっかりとした手応えを感じながら工藤君の方を見ると、笑いをこらえてうつむいている。いやいや、君が考えた作戦だから、これ。


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