第16話 第二号法廷にて
さて、と。
裁判所に慣れてきたと思ってた私だったのだけれど、次はどうするか。
何も大げさなことではない。当事者の席らしき場所が二つあるのだけれど、私はどっちに座ればいいのだろう。
と、前回までの私ならあれこれ考え込むところなんだけど、今の私には作戦がある。
ガチャリ。
その時、傍聴席の方の扉が開き、地味なグレーのスーツのおじさんが法廷に入ってきた。七三分けに固めた髪には少し白髪が混じっている。銀縁眼鏡の岩渕弁護士だ。今日は襟に銀色のバッジがついている。ひまわりの形の弁護士バッジだ。
「こんにちは、大崎さん、工藤さん、今日はよろしくお願いします。」
よく通る聞き取りやすい声。相変わらず丁寧な態度だ。
「こちらこそよろしくお願いします。あれ?武雄さんは?」
「ああ、私が武雄さんの代理人弁護士として出頭しますので、武雄さん本人は出頭しません。」
「そうなんですね。」
弁護士さんが代理する場合、本人は来ないものなのか。そうすると、清志さんの方も本人は来なくって、訴状に書いてあった弁護士さんが出席する形になるのかな。本人不在で兄弟喧嘩をやるのだと思うと、なかなかにシュールだ。
「岩渕先生、中へどうぞ。」
「はい、分かりました。」
書記官の人に声をかけられて、岩渕弁護士が傍聴席から法廷内の方へ移動する。
あ、そういうことか。
どうして岩渕弁護士が当事者入口じゃなくて傍聴席の方から来たんだろうと思っていたけど、裁判所の人に呼ばれてからこっちに入るものだったのか。って、そうだとしたら、なんのために当事者入口ってあるのだろう。
ま、それはそれとして。私は、岩渕弁護士の次の行動を見守った。
岩渕弁護士は出席簿に備え付けのボールペンで名前を書くと、裁判官の席に向かって右側の当事者席に腰掛けた。
ふふふ。岩渕弁護士は武雄さんの弁護士、そして武雄さんは被告だから、私も同じく右側の席だ!
何ごともなかったかのように私は岩渕弁護士の隣に腰掛けた。どうだ、これがKBZ作戦の威力だ。座席は大した問題じゃないけれど、今後もこれでいけるんじゃないかと手応えを感じた。
ふと気づくと、工藤君は傍聴席の中でここから一番近い席に座っていた。あれ?ということは、工藤君は初めから私がここに座ると分かっていたのか。
なんだかなあ。だったら最初から教えてよ。
ガチャリ。再び傍聴席の扉が開く。
入ってきたのは白いパンツスーツの女性だ。クリーム色じゃなくて、光沢のある真っ白いスーツ。銀糸で刺繍のなされた襟には金色の弁護士バッジが輝いている。真っ赤なバッグは何の革でできているのかデコボコとした不思議な質感だ。足下に目を移すと、高いヒールに金属のトゲトゲがついている。
身に付けているものが一つ一つとても高そう。そして、一体どこで売っているのか私には見当もつかない。さらにいえば、端的に強そう。
彼女はカツカツと音を立てて歩く。書記官の人に呼ばれるまでもなく、法廷へ入って出席簿に名前を書くと、こちらに近づいてきた。
「こんにちは。鈴木智子さんの代理人で弁護士の三条です。よろしく。」
自信に満ち溢れた笑み。三十歳から四十歳の間くらいだろうか。年齢不詳の美女というか、美魔女というか。やや明るい色のベリーショートの髪、白くてツヤのある肌。長いまつ毛がキラキラしている。友好的なんだけど、すごい圧力を感じる。
「お、大崎あかりです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「私の方の答弁書の写しを渡しておきますね。」
三条弁護士は、バッグから取り出した答弁書を一部差し出してくる。
「ありがとうございます。あ、えっと、私の方の答弁書……」
「裁判所の方から送ってもらったので大丈夫ですよ。あら、そちらの男の子は大崎さんのお連れさんかしら?」
「はい、工藤君です。」
「じゃあ、私は奥の席の方がいいわね。」
三条弁護士は、私が傍聴席の工藤君に一番近い席に座っているのを見て、配慮してくれたようだ。親切な人なのかも。
これで被告側は全員が揃ったことになる。裁判官に近い方の席から、三条弁護士、岩渕弁護士、そして私という順に並んでいる。私の席から工藤君の席までは柵を挟んですぐだ。
「大崎さん、私も答弁書の写しをお渡ししておきますね。」
隣の席の岩渕弁護士も答弁書を一部くれた。
もらった二通の答弁書をさっと見てみる。二通とも大き目の文字が整然と並んでいて同じような形式なのだけれど、私の答弁書とは全然違う。何が違うといって、そもそも裁判所から送られてきた用紙を使っていない。そんなのありなの?って、弁護士さんが作った書面が二通ともそうなんだからありなのは間違いないか。
ただ、よく見てみると二通の答弁書は、具体的な話は書いてなくて、「おって主張する。」や「認否及び主張はおって行う。」で終わっている。
こないだ工藤君に教えてもらった「おって」だ。後で、という意味だったはず。ほほう、工藤君が教えてくれた文案は弁護士さんたちが書いた内容と実質同じじゃないか。すごいぞ、工藤えもん。
って、あれ?いやいやいや、ちょっと待て。
私たちの作戦は、武雄さんや智子さんの主張を見て参考にしようというものだったのに、これってどうなるの?お先にどうぞ、いや、そちらからどうぞって、なんかのコントみたいじゃないか。
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