第15話 再びの小田原

 八月の下旬、ついに裁判の日が来た。

 小田原までは東京駅から新幹線ひかりで三十分と少し。

 夏休みで混み合う東京駅も日本橋口から入ればそれほど人は多くないと聞き、私と工藤君は日本橋の丸善で待ち合わせをした。

 初めての日本橋口は、確かにいつもの改札口に比べると断然人は少なかった。とにかく混雑が嫌いでその点を何よりも重視するという人にとってはベストの改札口に違いない。実際、工藤君は快適だと喜んでいた。

 と、それはいいのだけれど、「日本橋」という言葉でイメージする丸善やデパートからは結構離れているし、改札を抜けた先はプラットホームの端っこで、そこからも結構歩かなくてはいけなくて、便利なんだか便利じゃないんだか。人が少ない理由が分かった気がする。

 なんだか騙されたような気分だ。いや、確かに人が少ないってところは本当のことだったんだから騙されたわけじゃないんだけど、思ってたのと違うというか、釈然としない。

 何ごとも、うかつに信じてはいけないんだなあ。


 売店で東海道新幹線限定のポテトチップスを購入してから、新幹線に乗り込む。パリパリと音を立てながら食べているうちに、新幹線は品川を抜け、多摩川を渡る。

「大崎さん、訴状は読んでみた?」

「うん、隅から隅まで読んでみたよ。分からないこともあれこれあるけど、十蔵さんがどんな人だったか少しは分かったと思う。」

「孫だって実感が湧いてきた?」

「ような気がするかなあ。いや、責任感の人って感じで、むしろ遠ざかった気がしないでもない。」

 十蔵さんと同じ立場だったら、私は小田原に帰ってくるかな?誰かいい番頭さんにでも継がせて、って逃げちゃうかも。仮に断りきれなくて家業を継いだとしても、あんなに頑張れる気はしないなあ。

「責任感とか年齢によって影響が出そうなものを除いて考えてみたらどうかな?」

 ふむ、三十歳や四十歳の大崎あかりなら、責任感や能力も年相応に成長してるかもしれない、かな?あんまりそんな気はしないなあ。

 あとはなんだろう、飛行機、はそこまで好きでもないかな。

「うーん、写真で目が母さんに似てる、って思ったかな。」

「まあ、裁判ははじまったばかりだし、これからあれこれ出てくるかもしれないね。」

 兄弟喧嘩で裁判までするっていうのはちょっと、とか思ってたけど、このやり取りを通じてぬこ神十蔵さんについて詳しく知ることができるなら、意外とありかもしれない。

「そうだね、そこは楽しみかも。」


 そんな話をしているうちに気づけば新幹線は小田原に到着した。はやいなあ。

 裁判所は駅の反対側なので、今回は帰りに緑色のういろうを買おうなんて話をしながら駅ビルを抜ける。駅ビルから出てすぐのかまぼこ屋さんも気になるけど、お城を見ながら裁判所へ向かう。

 海が近いところだと、太陽が強いように感じるのはなんでだろう。実際のところ、東京でも小田原でも太陽からの距離はほぼ変わらないはずなのに。

 夏の小田原は思ったよりも暑い。いや、今年の猛暑のせいなのかな。徒歩十三分の距離を歩いて裁判所に着くころには汗が眉から滴ってくるほどだ。

 裁判所の構内は控えめな温度設定だけれど、ちゃんとエアコンが効いている。ひとまず、一階の待合スペースで一休み。

 汗も引いて落ち着いたところで、エレベーターで二階へ。裁判所からのお手紙に書いてあった第二号法廷にたどり着く。

 入口は二つ。当事者入口と傍聴人入口。私は当事者なので当事者入口から、工藤君は傍聴人入口から法廷に入る。

 ドアを開けると、今回はイメージ通りの法廷らしい法廷だった。小学校の教室くらいの部屋が柵で区切られていて、柵の向こうは固定された椅子が並んだ傍聴席になっている。こちら側は中心に証言台があり、その正面に一段高い裁判官の席がある。そして、左右から証言台を挟み、向かい合うように二つの大きな机とそれぞれの椅子がある。こっちはドラマとかだと検察官や弁護士の席になってると思う。

 よし、今度こそ法廷だ。こないだのも多分法廷だったんだろうけれど、今度は多分なんてものがつかない、まごうことなき法廷だ。

 裁判官の席がある段の下にもう一つ席があり、魔法使いみたいな黒いローブ、つまり法服を来た女性が座っている。少し明るい色のふんわりとしたセミロングの髪を揺らして、大きな瞳をこちらに向けてくる。

「当事者の方ですか?お名前よろしいですか?」

「はい、大崎あかりです。こちら、マイナンバーカードです。」

「では、こちらにお名前をお願いします。」

 促されるままに傍聴席近くの机に置かれた出席簿に備え付けのボールペンで名前を書く。

 前回の経験からすると、この人はきっと書記官のはずだ。前回の書記官の立花さんとはタイプが違うけど、同じ雰囲気を感じる。

 ふふふ、私、なんか裁判所に慣れてきたんじゃないの?これはもう、この裁判はもらったようなものなんじゃないかな?

 にやり。

 満面の笑みで傍聴席の工藤君の方をみると、苦笑いしてるのが見えた。

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