第14話 十蔵さん一代記
「工藤えもーん、答弁書も出来た、裁判もKBZ作戦で大丈夫、というわけで、訴状は読まなくてもいいんじゃないの?すっごく分厚いよ?」
生まれて初めて見た訴状。分厚いし、タイトルの下はなぜか名簿みたいに住所と名前が並んでるし、請求の趣旨だの、貼用印紙額だのと知らない単語が説明も無しに並んでいる。書いた人も私が読むことは期待していないと思うんだ。
「いや、読む義務はないし、裁判はどうとでもなるんじゃないかって思うんだけど、主張の内容を読んでいくと、額神十蔵さんがどういう人だったのか、って話がけっこうあってさ。」
「ふむふむ。」
「たとえばさ、額神十蔵さんは、額神家の長男に生まれて小田原で育ったんだけど、子供の頃の夢は飛行機のパイロットだった、とかさ。」
「えー!長男なのに十蔵なの!?」
「そこ?でも、まあ、そんな感じで額神十蔵さんのことが色々書いてあるから、読んだら面白いんじゃないかって。」
「そっかー。」
ぬこ神十蔵さん。私のおじいさんに当たる人だけど、会ったこともない、写真を見たこともない。
多分、武雄さんと智子さんと同じ系統のたぬき系のおじいさん。思いついたことは空気を読まずにしゃべっちゃうらしい。
孫って実感はないけど、どういう人だったのか、もっと知りたい気持ちはある。
「そうだね。私、訴状を読んでみるよ。」
「それがいいよ。ところで、KBZ作戦って何?」
そんなやり取りをしてから裁判の日までは一ヶ月半くらい。工藤君にダイジェスト解説をしてもらってから、私も訴状をじっくりと読んでみた。
訴状のメインの内容は、
「遺言書は武雄さんが偽造したものだから無効だ」からの、
「偽造をした武雄さんは相続分ナシで」
という話だそうな。
で、なんで偽造だっていえるの?って話に関係して、ぬこ神十蔵さんヒストリーが書かれていて、そんな十蔵さんがこんなの書くはずがない、という構造らしい。
あとは筆跡がどうのとか遺言書の要件がどうのとかあれこれ書いてあるけど、こっちは、まあ、私にはあまりよく分からないし、興味もないのでスルーする。証拠の書類の中に筆跡の鑑定書なんてものもあったけど、分厚い上に想像以上に難しい内容なのでこちらも放置する。
私が読んで分かった範囲でまとめてみると、十蔵さんはこんな人らしい。
戦後間もない頃にぬこ神家の長男として生まれた十蔵さんは、飛行機のパイロットに憧れる少年として育った。それが、成長するにつれて関心の対象は機械と飛行機へと変わり、東京の大学で機械工学を学んだのだとか。
両親は十蔵さんが大学卒業後に小田原に帰って来て、家業を継いでくれるものだと思っていたのだけれど、なんと家出同然に渡米して飛行機を作る会社に就職しちゃったそうな。時代も時代なので、日本とアメリカの間を簡単に行ったり来たりできるわけでもなく、もう日本には帰らないつもりだったのだそう。
十蔵さん、母さんの家出に文句言えないじゃん!
って、ちょっと待て、ぬこ神家の家業はどうなっちゃうの?と思いながら読んでいくと、十蔵さんには弟がいたらしい。次男の
両親は、十蔵さんのことはあきらめて到次さんに事業を継がせることにしたらしい。ところが、到次さんは三十歳くらいで急死してしまったのだとか。母さんもアラフォーで急死したし、ぬこ神家の血なのか?私も健康に気をつけないと。
十蔵さんには他に兄弟姉妹がいなかったので、困った両親と従業員たちは十蔵さんに泣きついた。それで、十蔵さんも代々続いた家業を見捨てるわけにもいかず、やむなく小田原に帰ってきた。
そこからの十蔵さんは脇目も振らずに土曜も日曜もなく家業に専念した。アメリカ仕込のビジネススキルと機械工学の知識を備えた十蔵さんは、会社組織の合理化、製品の製造過程の機械化と効率化、製品の質の向上と均一化、社長自ら先頭に立っての営業活動などなどで、会社を地域でも有数の大企業に育て上げた、とか。プロジェクトなんとかっていうテレビ番組で取り上げてもよさそうなサクセスストーリーだ。
家業の継続のため、そこで働く従業員たちのために飛行機に関わる夢をあきらめた十蔵さんは、特に会社と家業の行く末に注意を払ってきたらしい。
清志さんを後継者とするため、大学で経営学を専攻させ、いったんは総合商社で社会人修業をさせた上で小田原に呼び戻し、その後は副社長として経験を積ませて、と典型的な後継者教育を行ってきた、のだそうな。典型的……。こういうのが社長業界では普通なのか。社長の息子でボンボンとか七光りとかっていわれてる方々も色々と大変なんだなあ。
そんな話の流れで、十蔵さんは清志さんを後継者とするために公正証書の遺言書を作った。だから、全財産を武雄さんに、なんて遺言書を書くわけないんだ、ということらしい。
家業のために夢をあきらめ、仕事に専念して成功した経営者。後継者への引き継ぎもバッチリ。真面目できちんとした人だったのかなあ、という印象になる。
証拠書類の中に新工場完成時の従業員に囲まれた笑顔の写真があった。集合写真なので、小さくしか写っていないけれど、たぬき系でありながら目元はキリリとして強い意志を感じさせる。清志さんや母さんとよく似た目だ。やっぱりしっかりした人だったのだろう。
一方で、飛行機に関する夢も完全に忘れることができたわけではなくて、趣味で飛行機の小型模型やプラモデルを集めていたらしい。証拠書類として入ってた公正証書の遺言書には、このコレクションの保管とかの話も書いてあった。こないだの検認した遺言書にこのコレクションの話がないのも十蔵さんらしくない、だから偽造だ、って話になるらしい。
ふむふむ、清志さんが怒ったのも納得だ。これは偽造かもなあ。
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