第7話 いざ開封
「では、開封しましょう。立花さん、ペーパーナイフを下さい。」
坂口裁判官が封筒の口をペーパーナイフで丁寧に開く。手先が器用なのか、全く破れた箇所もなく、キレイに開封できている。裁判官ってこういうのも上手じゃなきゃダメなんだろうか。
封筒からは三つ折りの白い便箋が出てくる。坂口裁判官が定規で便箋のサイズを測りながら言う。
「B5サイズの三つ折りの便箋一枚。他には入っていませんね。」
坂口裁判官が便箋に目を通した後、封筒をひっくり返したり、中を覗き込んだりして確認する。便箋一枚のほかには何も入っていないようだ。
「さてと、文書の中身ですが、ふむ、これはボールペンですかね、表には手書きで『遺言書』とあって、本文も手書、日付、丸に十字の記号のようなものがあり、その横に押印。裏には何も書いていない、ということのようですね。」
ラウンドテーブル法廷のテーブルは、直径が大人の身長ほどもある大きなものだ。いや、もうちょっと大きいかな。私からは坂口裁判官の手元の遺言書は読めない。何か書いてあって、はんこらしき赤い部分があるのが分かる、という程度だ。
さらに小さな封筒が出てきたり、宝の地図が入っていたり、というような私の妄想がハズレだったと分かり、少しほっとした。
「では、先程の封筒と同様に皆さんにも見てもらいます。」
坂口裁判官が相変わらず穏やかに話しながら、便箋を武雄さんに渡す。武雄さんは対照的にすごく緊張した様子でそれを受け取ると、背筋を伸ばし、両手で持って身じろぎもせずに読む。
「額神武雄さん、その文書のタイトルや本文の筆跡は額神十蔵さんの筆跡ですか?」
坂口裁判官が、穏やかな、さっきよりもゆっくりとした口調で尋ねる。
「父の字であります。間違いありません。」
武雄さんが緊張で震える声で答える。
「日付はどうですか?」
「父の字です。」
「丸に十字の記号のようなものがありますが、こちらはどうですか?」
「父が書いたものです。父の筆跡です。」
「その横に押印がありますが、これは額神十蔵さんの印の印影ですか?」
「間違いなく、父の印鑑です。」
「ありがとうございます。」
ふむ、さっきの清志さんの話だと、お役所で作った遺言書が別にあるということだったから、ぬこ神十蔵さんの遺言書が二通あるということになるのだろうか。手書きのこっちは下書なのかもしれない。
「では、清志さんはいかがですか?」
武雄さんから便箋を受け取った清志さんが立ち上がって叫ぶ。
「何だこれは!こんな、こんなのは、嘘だ!嘘に決まっている!」
え、どうしたの?なに?
清志さんの顔は首まで真っ赤だ。便箋を持つ手が震えている。
「額神清志さん、念の為に申し上げますが、あまり強く持つと、文書が破れてしまいますので。ひとまずは着席していただけますか。」
坂口裁判官が穏やかに声を掛ける。あまり驚いた様子もない。こんな場面も慣れっこだったりするのだろうか。
清志さんは、大きく息を吐いて、ゆっくりと着席した。
「額神清志さん、文書の筆跡についてですが」
「父の筆跡ではありません。絶対に偽造です。全部偽造です。印も違います。偽造です。父がこんなものを書くはずがありません。」
坂口裁判官の質問が終わらないうちに清志さんは答えた。話していくうちに段々と早口になる。怒りと動揺が伝わってくる。
坂口裁判官がちらりと立花さんの方を見る。早口だったから、ちゃんとメモが取れたかな、と確認したのだろう。立花さんが頷く。
「ありがとうございます。では、鈴木智子さん、いかがですか?」
智子さんが清志さんから便箋を受け取る。
「えっ……」
便箋を読んだ智子さんが口を開けたまま固まってしまった。さっきの清志さんの様子からしても、予想外の内容が書かれているらしい。
やっぱり、ここから犬神家的な展開になっちゃうのかな?傍聴席の工藤君の方を見ると、工藤君は、「ちがうよ」という感じで頭を振る。だよね?
「鈴木智子さん、筆跡や印などはいかがですか?」
「あの、その、分かりません、こんなの、私には分かりません。」
智子さんは明らかに混乱している。坂口裁判官が改めて尋ねる。
「一応、記録を残す関係で項目ごとに答えていただきたいのですが、タイトルや本文の筆跡はいかがですか?」
「分かりません。」
「丸に十字の記号についてはどうですか?」
「分かりません。」
「印についてはどうですか?」
「分かりません。」
坂口裁判官はどこまでも冷静だ。その分、智子さんの混乱が際立つ。
武雄さんは十蔵さんの遺言書で間違いない、といい、清志さんは違う、といい、智子さんは分からない、という。
均衡したこの状況で私の意見って結構重みがあったりするのだろうか。でも、多数決で決めるような話でもないし、十蔵さんに会ったこともない私に分かるような話でもないし。
「では、大崎あかりさん、文書をご覧下さい。」
私の番が来た。
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