第5話 法廷へ
書記官の立花さんに促されるままに第四号法廷に入る。
小学校の教室よりも一回り小さいくらいの部屋。柵で区切られた傍聴席らしき座席は一応あるのだけれど、証人台とかのいわゆる「法廷」があるはずの場所には、それらの代わりに真ん中に大きな丸いテーブルがあり、その周りに椅子が並んでいる。
その他には、部屋の隅にはあまり大きくない机と棚があり、よく分からない機材があれこれと置いてある、というくらい。
あれ?この部屋って法廷じゃなかったっけ?
なんか思ってたのと違う……。
「大崎さん、どうしたの?」
工藤君がキョロキョロしている私を心配して声をかけてくれる。
「ここって、本当に法廷なのかなあ?」
「第四号法廷って書いてあったから、法廷なんだとは思うけど……。」
私の疑問に対して、工藤君も困惑顔で応じる。すると、工藤君の代わりに、テーブルの奥に座っていたスーツ姿のおじさんが回答する。
「こちらの法廷はいわゆるラウンドテーブル法廷というものです。当事者間で紛争性が少ない事案などで使用するのに適した法廷で、一般的な対審型の法廷と比べて当事者間での話がしやすいという利点があるんですよ。」
「なるほど。」
チャコールグレーの地味なスーツの眼鏡のおじさんは、穏やかな声で説明してくれた。優しかった小学校の先生を思い出した。と、それはそれとして、この人は何者なんだろう。
「申し遅れました。私は本件を担当します裁判官の坂口です。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
ペコリ。よろしくお願いしますを返しながら会釈をする。リアル裁判官、初めて見たよ。こんな感じかあ。って、あれ?
「あの、本物の裁判官って、ドラマとは違って魔法使いみたいな黒い服は着てないんですね。」
「ああ、法服ですね。あれは法廷で着る制服のようなもので、法廷では私も着ますよ。ただ、本日の検認手続は審判で、法廷ではなく審判廷なので、着ても着なくてもいいんですね。」
「なるほど。」
と、言ってみたもののさっぱり分からない。
法廷だけど、法廷ではなくて審判廷。字余り。
結局ここは法廷なのか、法廷ではないのか。
うーん。禅問答?
分からないけれど、裁判官が法廷と言えば法廷だし、法廷ではないと言えば法廷ではない。ここでは裁判官がルールブックだ!ということでよしとしよう。違う気もするけど。でも、仮に裁判官が他のコスプレで登場したとしても、多分、手続に影響はないはず。
うんうんとうなづいていると、立花さんが話しかけてくる。
「大崎さんですね。ご本人確認できるものはお持ちですか?」
「はい、マイナンバーカードを持ってきました。」
カードを提示して、出席表みたいな紙に名前を書く。他の人たちは、私たちが坂口裁判官と話しているうちに済ませているようだ。
「ところで、そちらの方はどなたですか?」
「友人の工藤君です。今日は付き添いで来てもらいました。」
立花さんが工藤君の方に向き直る。
「工藤さんは弁護士ではないですよね。」
「はい、違います。」
「そうしますと、検認の手続は公開の手続ではなく、原則として、傍聴が認められませんので、外でお待ちいただくことになります。」
な、なんだって!ここまでついてきてもらったのに、ここからは一人で対応しなくちゃいけないの?まさか傍聴すらできないとは。
やり取りを聞いた武雄さんが大きな声で話に割って入る。
「まあまあ、そんな堅いこと言わなくても。そこの兄ちゃんは彼女のためにわざわざ裁判所までついてきたわけで。いや、若いのに本当に出来た彼氏じゃないですか。大目に見てやって下さいよ。」
裁判所でそういうこと言えるって武雄さんは強いなあ。っていうか、ちょっと待て、工藤君は彼氏ではないんだけど。
坂口裁判官が穏やかな声で応じる。
「そうですか、彼氏さんですか。せっかく付き添いでいらっしゃったわけだから、皆さん全員がいいとおっしゃるのであれば傍聴席にいていただいてもよろしいかと思いますが、どうですか?」
えっ?いいの?傍聴できるとかできないとかって裁判所の規則があるわけじゃないの?やっぱり裁判官がルールブックなの?なんだかスーツ姿の坂口裁判官が魔法使いに思えてきた。魔法使いにローブの有無は関係ないってことなの?
っていうか、ちょっと待て。だから、工藤君は彼氏ではないと、
「ええ、私は構いませんよ。」
「どうぞどうぞ、工藤さんはあかりちゃんのために折角来てくださったんですから。」
……。なんか否定するタイミングを失った。
工藤君の方はどうなのかというと、ちゃっかり傍聴席に腰掛けている。まあ、いいか。
私たちもテーブルを囲むように腰掛ける。立花さんは坂口裁判官の隣だ。
「それでは、皆さんお揃いのようなので検認の手続を開始します。よろしくお願いします。」
坂口裁判官が手続の開始を宣言した。
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