第3話 はじめましての親族

 裁判所の入口ドアを抜ける。

 建物内部も普通のお役所のように見える。特別に天井が高かったりもしないし、テレビドラマで見るような大理石で装飾された階段とかもない。ちょっとがっかり。

 突き当たりの窓口で書類を見せて職員の人に尋ねると、エレベーターで三階に上がり、右手の廊下の先にある第四号法廷というところに行けばよいと教えてくれる。

 法廷!なかなかに非日常な響き。手続の開始まではまだ時間があるけど、早速行こう。

 エレベーターを降りて、省エネなのか薄暗い廊下を進む。壁の色が途中で少し変わる。建て増しなのだろう。その辺もお役所の庁舎らしさ満点だ。

 突き当りの左手、扉が二つ付いた部屋に「第四号法廷」と書いてある。ここだな。部屋の外の廊下にはベンチが二つ置いてあり、中年の男女が腰掛けている。

 その中のストライプの黒いスーツを着た男性が立ち上がる。年齢は40代半ばくらいだろうか。細身の長身、彫りの深い顔。出来るビジネスマンという雰囲気だ。

さくら子?いや、ああ、そうか。えっと、あかりちゃんかい?」

「えっと、ええ、私は大崎あかりですが……。」

「ああ、ごめんなさい。急に名前で呼ばれても困るよね。私は、君の伯父の清志だよ、櫻子にそっくりだから、すぐに分かったよ。」

 おお、伯父さんか。言われてみると、大きい目の形が母さんに似ている気がする。

 続いて、水色のワンピースの女性が立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。丸くて愛嬌のあるたぬき系の顔。清志伯父さんと比べると大分若い気がする。30代だと思う。

「はじめまして、あかりちゃん。あなたの叔母の智子です。櫻子姉さんとは六つ違いだけど、よく遊んでもらっていたのよ。」

 六つ違い、というと35歳くらいかな。母さんとはあんまり似てない気がする。

「櫻子とはあんまり似てないだろ?智子だけ母親が違うんだ。」

 少し離れたベンチから声がかかる。中年男性が二人座っていて、チェック柄のジャケットを着た少し太めのおじさんが声の主のようだ。

「やあ、俺は長男の武雄。お前の伯父さんだよ。」

 母さんや清志さんには似ていないけれど、智子さんには似ている気がする。たぬき系だ。と、いうことは、父親似なんじゃなかろうか。ぬこ神十蔵さんはたぬき系のおじいさんだったのでは。

「隣の兄ちゃんは彼氏かい?こんなとこまでついてくるなんて頼れるじゃないか。」

「兄さん、あんまり一度に話しかけるから、困ってるじゃないか。ああ、すまなかったね。兄は少し無神経なところがあってね。」

 なんとなく、この二人の関係が分かった気がする。ところで分からないことが一つ。

「ああ、えっと、はじめまして。大崎櫻子の娘の大崎あかりです。よろしくお願いします。ところで、あの、武雄伯父さんの隣の人はなんて名前なんですか?」

 グレーのスーツで姿勢良くベンチに座っている銀縁眼鏡のおじさんは武雄さんとは対照的だ。

「彼かい?ははは、彼はうちの兄弟じゃなくて俺の依頼した弁護士の先生だよ。俺たちはここにいる三人と櫻子の四人兄弟なんだよ。」

「はじめまして、弁護士の岩渕です。額神武雄さんのご依頼で今回の検認の申立てを行いました。今日はよろしくお願いします。」

 銀縁眼鏡の岩渕弁護士か。よく通る声。言葉は丁寧なんだけど眼鏡の下の細い眼は鋭くてちょっと怖い感じ。とりあえず、ペコリと会釈を返す。

 あれ?そういえば、伯父さんと叔母さんはいいとして、いとこがいないのはなんでだろう。

「あの、ぬこ神十蔵さんの孫って私だけなんでしょうか?」

 清志さんが、おや?という感じで応える。

「ああ、あかりちゃん、私達にも子どもはいるんだけど、今日の手続は相続人だけが出席するものだからね。」

「なるほど。」

 うん?やっぱり孫は相続人じゃないのかな。私は来てよかったのだろうか。でも、裁判所の立花さんは相続人だと言ってたし。

 私の様子を見て、岩渕弁護士が話に割って入る。

「大崎さん、死んだ人に子どもがいる場合、通常は子どもが法定相続人になるのですが、子どもが先に亡くなっている場合、その子どもの子ども、つまり孫が代わりに法定相続人になるんです。これを代襲相続人だいしゅうそうぞくにんと呼んでいます。十蔵さんが亡くなった時点で既に櫻子さんが亡くなっていたので、あなたは櫻子さんの代わりに法定相続人になるわけです。ちなみに、十蔵さんが亡くなった時点で配偶者はおられなかったので、法定相続人はここにいる四名ということになります。」

「そういうことなんですね。」

 そういえば、立花さんも代襲相続人って言ってたような気がする。私がうなずいたのを見て、岩渕弁護士が続ける。

「ただし、本件では遺言書いごんしょがあるので、原則として、相続は遺言書の内容によることになります。」

「つまり、私は相続人っぽい感じだけど、遺言書で相続人じゃないって書いてあるかもしれないよ、ってことですかね。」

「そういうことになります。」

 私が話を理解したことに満足したように岩渕弁護士がうなづく。やり取りを見ていた清志さんが話を引き取って続ける。

「それなんだが、実は、親父は自筆とは別に公正証書遺言を残していてね。遺言書の内容はだいたい想像出来てるんだ。」

「なるほど。」

 何がなるほどなんだろうな、私。

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