第2話 小田原へ行こう
令和四年三月某日、私は検認の手続に出席すべく小田原へと向かった。東京駅から新幹線ひかりで三十分とちょっと。意外と近い。
裁判所に行く、というのでちょっぴり不安な気持ちもあり。とはいえ、弁護士さんの知り合いもいないし、雇うお金もないので、法学部に通う友人、工藤君についてきてもらう。
新幹線の車窓から見える景色がビル街から住宅街へと変わるのを眺めながら他愛ない話をする。
「ねえ、工藤君、『犬神家の一族』ってどんな話だっけ?」
「どうしたの?藪から棒に。」
「いや、なんていうか、これから、ぬこ神家の相続の話をしにいくわけじゃん?犬神家とぬこ神家って似てるなあ、って。」
「ぬこ神じゃなくて、額神なんでしょ。名前なんだから間違えたら失礼だと思うよ。」
真面目か!いや、真面目の方が頼りになるからいいんだけどさ。
「うん。間違えないようにする。それで、『犬神家の一族』ってどんなのなの?」
「金田一シリーズの推理小説の一つだね。」
「というと、『じっちゃんの名にかけて!』ってやつかな?」
「その『じっちゃん』の方、金田一耕助が主人公の話だよ。」
「なるほど。それで、どんな話なの?」
「製薬事業で莫大な富を築いた犬神某氏が、相続人候補の孫が全員揃った場で遺言書を開示するよう言い残して死ぬんだけど、開示された遺言書の内容は条件によって財産と事業を得る人が変わるものだったために、相続人候補である孫とそれぞれの母親が遺産を巡って争うことになり、その中で次々と殺人事件が起こる、という感じかな。」
「えええ……、殺人事件起こっちゃうの?ぬこ神家は大丈夫かな?」
「あれは推理小説だからね。現実にはそうそう殺人事件なんて起こらないでしょ。そもそも今日の検認は裁判所での手続だよ?」
「そりゃそうだけど、なんか、工藤君が探偵役みたいなキャラだからなあ。」
「僕は江戸川でもコナンでもないし、探偵がいるせいで殺人事件が起こるわけでもないと思うよ。」
「せやかて工藤」
「だから違うって。」
「まあ、どっちにしろ財産を巡って親族で争うとか、そういうのは嫌だなあ。」
そんな話をしているうちに、新幹線は小田原に着いた。海が近いからなのか、空が広い気がする。
新幹線の改札を抜けると、プロサッカーチームの広告が目に付く。湘南のチームなのか小田原のチームなのかよく分からないけれど、小田原の人たちが応援しているチームなのだろう。緑と青のシンボルマークは海を連想させる。
初めての駅というのはいつも興味深い。この街はどんなところなのだろう。ちょっとした冒険だ。
目的地の裁判所は駅ビルの反対側の出口から徒歩13分。駅の通路ではおみやげやお弁当が売られている。かまぼこや鯛めしを見ると、やっぱり海の街なんだなあ、と思う。
と、そんな中にようかんにそっくりの「ういろう」が売られている。
「工藤君、ういろうって何?ようかん?」
「見た目はようかんに似てるけど、モチモチした食感の甘いお菓子だよ。小田原の名物だよね。」
「なるほど。帰りに買おう。」
駅ビルを出て、裁判所を目指す。
正式には「横浜家庭裁判所小田原支部」というそうな。ただ、建物としては「横浜地方裁判所小田原支部」とか「小田原簡易裁判所」とか他の裁判所と一緒なんだとか。案内板では単に「裁判所」という表示がなされていたりする。
右手に小田原城が見える。お城の標準がどれくらいなのか分からないけど、距離感がおかしくなるくらい大きい。
地図によるとお城に向かって進み、突き当たったら左に曲がって、お城を右手に見ながら道なりに行けばたどり着くらしい。と、工藤君が説明してくれる。
なるほど、と返したものの、地図は苦手だ。大人しく工藤君の後をついて行くと、小田原城のお堀と門が見えてくる。お堀端には桜が咲いている。
「大崎さん、こっちみたいだよ。」
「なるほど。」
工藤君がお堀の向かいにあるお蕎麦屋さんの角を曲がる。そして、指さした先には、鉄筋コンクリートのいかにもお役所といった感じの四階建てくらいの建物があった。
テレビドラマで見る裁判所って石造りの歴史的建造物感のある建物のイメージなんだけど、本物はこんな感じなのか。意外と普通の建物だ。
「さあ、いっちょやってやりますか。」
「大崎さん、そういう手続きじゃないからね。」
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