ぬこ神家の相続
大崎 灯
第1話 おじいちゃんが死んだ
おじいちゃんが死んだ、らしい。
いや、正確に言えば、私にとっておじいちゃんにあたる人が死んでいたらしい。去年の5月のことだそうな。
お通夜にもお葬式にも呼ばれず、親族からの連絡でもなく、裁判所からの書面で知ることになるとは思わなかったけれど。
今から二週間ほど前のことだ。
謎の書類が小田原の家庭裁判所から届いた。初めは新手の詐欺かと思った。しかし、もし本物だったら放置するのもまずいかもしれない、とも思った。
書類に書いてある電話番号ではなく、ネットで調べた裁判所の代表番号に電話をかけてみた。問われるままにいくつか書類に書かれていることを伝えてみたところ、担当の書記官という人に繋いでくれた。どうやら本物だったらしい。
書記官の立花さんが説明してくれたところによると、
なんでも、死んだ人が手書きの遺言書を遺していた場合に、相続人みんなに遺言書を公開し、相続人と裁判官で遺言書の状態を確認して記録する手続なのだそう。遺言書を発見した相続人が裁判所に申立てをするのだそうな。
手書きでなければ、たとえば、パソコンで遺言書を作っていたらやらなくてもいいのか聞いたら、そういう遺言書はそもそも無効なんだそうな。
というか、遺言書って裁判所では「いごんしょ」って読むんだってさ。「ゆいごんしょ」って読んでも問題ないそうだけれど。
立花さんの落ち着きのあるメゾソプラノの声は電話なのに聞き取りやすい。頭良さそう。
話が逸れちゃった。
そこまで話をしたところで、私にはどうにも分からないことがあった。母一人子一人で生きてきた私は、一昨年に母が急死してから天涯孤独の身のはずだった。
「立花さん、私、誰かの相続人って話に心当たりがないんですけど、人違いじゃないですかね?」
だとすると大変だ。書類が届くべき本物の相続人が困ってしまうのではないだろうか。
「お電話頂いている方は大崎あかりさんですよね、間違いではないですよ。本件の
ヌコガミ……、ぬこ神?猫神?聞いたことがない名前だ。しかし、母は祖父とケンカして実家を飛び出したとかで、私には決して実家や祖父母の話をしなかった。父方?でも、それなら、大崎なんじゃ?こんなことになるなら、ちゃんと説明しておいてくれよ、ママン!
「ええと、恥ずかしながら、祖父母のことを全く知らなくて。ぬこ神さんに心当たりがなくて。」
「あー、そういうことですか。申立ての資料によると、大崎さんは被相続人ヌカガミジュウゾウさんの子である
そういうことってどういうことなんだろう。祖父母の名前を知らない、って人は裁判所の書記官である立花さんにとっては珍しくもないのだろうか。あれこれ事情を尋ねられるよりは楽でいいけれど。
「確かに私の母は櫻子ですが、って、あれ?私、孫なのに相続人なんですか?」
「櫻子さんが本件の相続開始時点で既に死亡していたので、
「なるほど。」
何がなるほどなのかは私にも分からないし、代襲相続人が何なのかもよく分からない。けれど、裁判所の人が言うのだから、私はぬこ神さんの相続人なのだろう。
「つまり、私は相続人として検認の手続に参加すべきってことなんですね。」
「出席する義務はありませんが、裁判所としては法定相続人全員に出席の機会を与えるためにご案内を送付させて頂いています。出席されるかは大崎さんがご判断ください。」
ふむ、参加してもしなくてもいいものなのか。でもまあ、折角だから参加してみよう。裁判所に行く機会なんてなかなかないし、丁度春休みで大学も休みだし。
「じゃ、参加します。よろしくお願いします。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
電話を切って、改めて裁判所から来た書類を読んでみる。
被相続人、というのが死んだ人のことを指すようだったけれど、ぬこ神、って漢字でどう書くのか。やはり猫神なんだろうか、と思いながら書類を見てみると「被相続人 額神 十蔵」と書いてある。
あー、確かにヌカガミって言ってた。神に
自分の祖父のはずなのに、会ったこともないし、名前も知らないし、漢字も読めない。全然、祖父って気がしない。
遺言書を読んだら少しは印象変わるかな。
物見遊山でしかないけれど、ちょっとだけ検認の日が楽しみになってきた。
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