第3話 落とし物

 自宅への帰り道の真ん中に胃が落ちていた。

 肉の塊かと思ったが、よく見ると明らかに人間の胃だった。マスクの内側で顔を歪めて、胃を避けて歩く。しばらくするとお腹を抑えた女の人が青ざめた顔で声をかけてきた。


「すみません」


正面に立った女の人は震える声で私に言う。


「私の胃を見ませんでしたか?このあたりで落としたはずなんです」


 女の人の腹部は赤く染まっていた。顔も青白く、明らかに生きている人のものではなかった。急激に周りの温度が冷えていく。震える。寒い。だが、悲鳴をあげたら私の胃が取られると、頭のどこかで理解した。


 私は冷静を装って、答える。


「もう少し先で落ちていました」

「ありがとうございます」


 思ったより丁寧なお礼をされて、女の人がふらふらと歩き出した。歩くたびに道路に血が落ちていた。暗闇に女の人が消えてから、私は家まで全速力で走って帰った。

 次の日、今度は目玉が落ちていた。しばらく歩くと腕がまるまる落ちていた。

 あの女の人のものだろう。落としすぎだ。


 また、私に聞いてくるのだろうか?


「すみません」


 私の後ろで声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る